すべてはあの花のために①

警察さんのお世話にはなりたくないよっ!




 辺りはもう薄暗くなってきている。


「(はやくっ、動けっ……!)」


 葵は息を切らして走る。彼がどこにいるのか、見当がついているんだろう。


「(――……! いたっ!)」


 葵は、例の空き教室の扉を、勢い任せに開く。勢いよく開けたせいで、校舎中にその音が響くが、――そんなのは知ったこっちゃない。

 ―――バンッッ‼ ガラガラ……。
 勢いよく開けたせいで、扉が跳ね返ってきた拍子に体が挟まったが、――そんなのも知ったこっちゃない。ちょっと痛いけど。

 その音にビックリしたのか。はたまた挟まった瞬間に出た「いでっ?!」って葵の奇声に驚いたのか。彼は大きく肩を揺らすが、――そんなのだって知ったこっちゃない。

 けれど、顔が見えなかった。……そればっかりは、いただけない。


「チカくん。ちょっとツラ、貸してくれないかな」


 そう言ってはじめて、彼は顔を上げた。
 その静かな笑みだけは、――本当にいただけない。



 彼は何も言わない。ただ笑っているだけだ。けれどその顔は、どこかで諦めてしまっていた。

 それからどれだけの時間が過ぎたかはわからない。
 ただ、すぐでなかったことは確か。そうしてようやく、彼はゆっくり話し出した。


「なあ。ここに来たってことはさ、お前はもう知ってるんだろ?」


 言いながら彼の顔は苦笑いだ。無表情の方が、まだマシだ。


「ああ、知ってるよ」


 そう返すと彼は、ただ「そっか」と言う。
 ……どうしてそんな顔をするんだ。何故もう諦めているんだ。


 それからまたしばらく経って。「おれ、さ」と洩らした掠れ声のまま、それでも彼は、必死に言葉を紡ごうとする。


「……っ、とどけ。……っ。らんな、かった……っ」


 彼は、窓側の壁に背を預け、ズルズルと座り込んだ。
 けれど葵は、入って止まったそこから、一歩も動かない。


「おまえと、やくそく。……ちゃんと、ちかったのにっ」


 苦しい。つらい。悔しい。
 彼のそんな感情が、ひしひしと伝わってくる。

 けれど葵は、やはり動かない。ただ……ギリギリと、音が聞こえそうなほど拳を固く握っているだけ。


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