すべてはあの花のために①
煮るなり焼くなり好きにしてください
翌日。8時半を大幅に遅れて迎えに来たヘタレに思い切り活を入れ、葵はキサの自宅へ。
名家の桜庭、加えて婚約者という単語が出るくらいだから大きな家を想像していたが、案内されたのは至って普通の一軒家。いい意味で予想を裏切ってくれた。
「やあ。よく来たね。いらっしゃい」
「あらあらまあまあ! もしかしてあなたが、このヘタレくんたちに勇気をあげてくれちゃった子かしら」
奥から現れた男性、それに続く女性は恐らくキサの両親だろう。彼らの顔が一瞬、キサの笑顔と重なった。
「初めまして。『あおい』と申します」
敢えて名字を伏せると、僅かに二人は目を見開いた。それでも何かを察してくれたのか、静かに微笑みを返してくれる。
その仕草も彼女に似ていて、まだ数日しか経っていないのにもうどこか懐かしい。
「じゃあ……葵ちゃん? 改めて俺から君に言いたいことがあるんだけど、いいかな」
「はい。……何でしょう?」
「改めて、ここまで踏み込んでくれてありがとう」
答えるが早いか、キサ父がそう言いながら頭を下げる。一緒にキサ母も。
葵は慌てて、頭を上げてくれと頼んだ。
「わ、わたしが好きでやったことなので。お礼を言って欲しくて来たわけじゃないんです! それに、もうちょっと違うやり方もあったかなって。でも、わたしにはこれくらいしかできなくて……」
「だから、逆に申し訳ない気持ちでいっぱいです」葵が逆に頭を下げると、その場にいた全員が驚きを隠せなかったのか。目を大きく見開いた。
「謝るのはこちらです。どうしても体が先に動いてしまうので」
「だから」と、葵は続ける。
「お、お二人にとって大事な彼らを、ぶん投げたり、ビンタしたり、跳び蹴りを食らわしてやったりしてしまいました! 本当にごめんなさい!! 心構えはできていますので、煮るなり焼くなり好きにしてください……っ!」
思い切り頼み込んだが、いつまで経っても何も来ない。
不思議に思いゆっくりと顔を上げたら、キサ父は下を向いていて、微かに震えているように見える。チカゼとキクはというと、お腹を抱えてプルプル……と声を殺して笑っていた。
何が起こったのかわからない葵が、救いを求めようとキサ母の方へ顔を向けるが……何故か尊敬の眼差しで見られていた。
「今日は時間たっぷりあるんだろう?」
「えーっと……?」
「俺は、葵ちゃんと是非仲良くなりたいなと思ってるよ」
「……ハイ?」
葵の頭の上には、悲し過ぎるくらい疑問符がいっぱいだった。