すべてはあの花のために①
特に変な自己紹介はしてないと思うんだけど
「(ち、遅刻うぅ〜~っ!)」
その頃葵は、めちゃくちゃ焦っておりました。
だってだって、あの人やぞ? 悪魔のヒナタの方がまだよっぽどかわいいぞ?
「(絶対この世から抹殺されるっ~~!)」
((頑張れ! とにかく走れ!))
超特急で走っているこの時すでに、大幅に遅れていた。
それから15分後。なんとか待ち合わせ場所の喫茶店に到着した葵は、滴る汗を拭いながらキョロキョロと辺りを見回す。キサ母から頂戴した小さい頃の写真しかないので、現在どのような高校生になっているのかは想像でしかないのだが……。
「(うん? 何かな?)」
よく見ると、店の奥の方へと女性客の視線が集中していた。その熱い熱い視線を辿ってみる。窓際の席で、本を読みながら優雅に珈琲を飲んでいたのは、黒のパンツにシャツとカーディガンというシンプルに組み合わせた眼鏡のイケメンさん。……え。モデルさんですか。
「(きっとあの人だ。わたしの勘はよく当たる)」
でも、今回だけは外れていて欲しい。今、あの席に座れば、確実にまわりの女性たちから視線で殺される。
だがしかしただでさえ遅れているので、葵は決死の覚悟の上、さっと彼の前の席についてブラックコーヒーを頼んだ。
「遅くなってしまって、申し訳ありません」
頭を下げながら謝ったが、彼はちらりとこちらを見ることは疎か本を読むのを止めなかった。
けれどそれに一つも腹が立たないくらいには、近くで見るとますますのイケメンさんで、目が釘付けになる。立っていた先程までは見えなかったが、ブラウンの髪からディープブルーのピアスがちらりと見えた。
「(イケメンで色気たっぷりって。だから、わたしにも分けてくれって)」
どっかのオカマにも以前同じ台詞を吐いた気がするが。
今この時、約30分の大遅刻。相手方は怒って当然だろう。はてさて、どうすればいいものか。
「トーマさん」
それでも、まだ葵にはするべきことがある。彼に一日費やすわけにはいけないのだ。
葵は彼を正面からしっかり見つめ、ハッキリと名前を呼ぶ。
「わたしと、お話しませんか」
断定的にそう言い放つと、彼は静かに本を閉じてくれた。
そしてようやく、こちらへと向けてくれた目が合う。
「そうだね。よろしく変態さん?」