すべてはあの花のために①

sideトーマ




 ――桐生本家。


「(……さっきのはどういうことだ。葵ちゃん、君は一体……)」


 キクと別れ、家に着く頃にはもう日は跨いでいた。


「(ひと調べしたいところだけど、……先に片、付けとかないと)」


 きっと彼女は起きているだろう。
 いや、今日は寝られないだろうな。


「……紀紗?」


 襖の隙間からは、光は洩れていなかった。
 もし寝てたらいけないと控えめに戸を叩くが、中からの返事はない。


「(ま、いっか。今しか言う時ないし)」


 今度は強めに戸を叩く。


「俺だけど。入るから」


 中に入ると、布団を腰元まで掛け、上体を起こして窓の向こうの月を見上げる彼女の姿が目に入る。


「(また寝られてないのか)」


 こっちに来てから、ろくに寝てもいないんだろう。彼女の顔色は、悪くなる一方だった。


「(そんな風にさせてるのは俺のせいでもあるか)紀紗。少しだけ、いい?」


 ゆっくりこちらを向いた彼女は、やわらかく微笑もうとしているが、上手くできなかった。


「(大丈夫。明日ちゃんと、お前だけのヒーローが、お前を迎えに来てくれるから)」


 そしてトーマは自分の気持ちを口にする。



「どうしたの? こんな夜遅くに」

「ちょっとだけ、俺の話聞いてくれねえかなって」

「何か伝え忘れたことがあるの?」

「うん。大切なこと伝えるの忘れてたから」

「そうなの!? それは大変じゃないか! 何かね!? 何か段取りの変更とかあるのかな?!」

「あー、まあ変更にはなるかもな。俺は進み方をちょっと変えたからそれの報告。ついでに言うと、お前の進み方も、変えられたらいいなと思ってる」

「? 当日、違うところ歩くの?」

「まあ聞いてろ。俺がこんなこと言うなんて滅多にねえんだから。貴重も貴重。耳かっぽじってよく聞い……」


 言い終わる前に、耳掻きを持ってきて本気で掃除をし始めるし。


「(緊張感の欠片もねえ)」


 しかも終わったのか「どうぞ!」とか言ってくるし。

 俺の気持ちも、少しは考えろよ。まあ、俺の言い回しも悪かったけど。
 でも、こいつに限っては昔からこんな扱いだ。今更変わるわけもない。


「(――さあて)」


 前に進みますか。


「俺ね、紀紗のこと好きだったんだ」


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