すべてはあの花のために①
四章 距離
わりぃ子゛はいねえか゛ー……ってかあ!?
葵の家の前に着くと、アキラはもと来た道を帰っていった。どうやら、家まで送ってくれたようだ。
「(明日きちんとお礼言っとこ)」
葵は、【道明寺】と書かれたの表札をじっと見つめた後、重い門を開いて敷地内に入っていく。日が沈んでいるにも拘らず、屋敷はむっとするほどの花の香りで溢れ返っていた。
「(はあ。なんだか今日は濃い一日だった。……あ! そういえば、明日早速生徒会の大仕事があるらしいのに!)」
カナデがチカゼに跳び蹴りを食らってからというもの、すっかりそのことが抜け落ちてしまっていた。
連絡先聞いとけばよかった……と後悔していると、スマホに着信が届く。短いので、どうやらショートメッセージのようだ。
開いてみると、それはよくよく見知った人物からだった。
《ごめんアオイちゃん!
背中が痛くてすっかり忘れてたよ!
明日早速大仕事があるんだけど
詳しくは明日の朝話そうと思うから
8時に生徒会室に集合で(^^)
あとみんなの連絡先
勝手で申し訳ないけど入れさせてもらったから!
それじゃ明日ねー!
おやすみ~★
カナデ》
「(いつ入れたの?! すんごい怖いんですけど! やっぱりこの学校には何人かスパイが潜んでいるに違いない!)」
((でもこれでみんなと連絡が取れるから、よかったわね))
「(うんっ! 嬉しい!)」
一人顔がにやにやして怖い葵のスマホには、今まで家族や親戚、取引先などしか入っていなかった。なのでこれは、本当に一歩どころではなく正真正銘の大前進である。
家の扉の前まで来た葵は大きく息を吸い、しっかり息を吐いた後。ゆっくりと扉を開けた。
「ただいま帰りました」
「お帰りなさいませ、お嬢様。ご帰宅が遅かったので少々心配しておりました」
「あ! ごめんなさいシント! 今日はいろいろあって、すっかり連絡するのを忘れていました!」
心配してくれたのは、道明寺に仕えている執事――信人《しんと》。
年齢は葵と同じか、または少し上。背は葵からしてみればかなり高い方で、執事服に黒い髪が映えている。きちんとした身嗜みに少し違和感を感じてしまうのは、開かれた彼の色素の薄い――金色の瞳のせいだろう。
わけあって本名は名乗れないらしいが、数年前から身の回りのお世話をしてもらっている。所謂葵の専属執事である。
「そうですか。何事もなかったらならいいんですよ。ですがお嬢様、どこか嬉しそうなお顔。よいことでもあったんですか?」
「そうなんですよ! 聞いてくれます――……っと」
話を聞いてもらおうと思ったけど、「その前に」と葵は話題と表情を変える。
「シント。その、今日は……」
「今日は旦那様方は外出されています。なので今は、私とお嬢様、住み込みの家政婦しかこの屋敷にはおりません」
意図を汲み取ったシントは、やさしい口調と表情でそれに応えた。
「……そっか。それじゃあ、わたしの部屋でゆっくり話すことにしましょうっ」
葵はシントと共に自室へと戻っていった。
が、その足取りは快活な口調と違い、何故か元気がなかったように感じるものだった。