すべてはあの花のために①

それだけ必死になった恋だから


 ある程度の予想はついていたものの、ハッキリそう言われてしまうと、顔に動揺を出さないようにするので精一杯になる。

 彼は苦笑いしながら「そいつはな」と続けた。


「そいつには、家同士が決めた婚約者がいるんだ。でもそいつには昔っから好きな奴がいて、今でもずっと好きで。好きで好きでしょうがないっていう奴がいるんだよ。……でも『もういいんだ』って。諦めるんだって、そいつ言うんだ。大事な奴なのに、何とかしてやりたいって思ってるのに、オレは何もできなくて、ただ悔しいんだ」


 本当は、途中で止めさせようかと思った。彼の表情があまりにもつらそうで、だんだん小さくなっていくように俯いてしまったから。


「(でも、これはお礼だから。そんなことしちゃダメだ)」


 葵は何もできない代わりに、彼の背中をずっと摩ってあげた。


「…………」


 葵は何も言わない。その代わりに、背中から彼の頭へと手を移動させて、優しく何度も撫でてあげた。
 彼も、頭を撫でている手を止めようとはしなかった。


「(この手から伝わればいい)」


 つらかったね。苦しかったね。頑張って、話してくれてありがとう。
 そんな思いがたくさん。……たくさん。



 どれくらいそうしていただろうか。彼がゆっくりと顔を上げて、「つたわった……?」と、泣きそうな顔でそう聞くもんだから。
葵は、彼の頭をぎゅっと抱き締めた。


「……ありがと」


 小さな小さな声。縋るように、手が葵の背中に回る。


「――――……っ」


 静かに声を殺して、泣いた。


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