すべてはあの花のために②
十三章 蘭と百合
かすかに。……本当にかすかにだけど、覚えていることはある。
真っ白な、透き通るような肌と細くて長い指。でも少し丸い爪。
つんと頬をつつく指先はやさしくて。あたたかくて。
『――じゃあな。元気でやれよ』
綺麗な髪と瞳。そして清々しいまでの満面の笑顔。
それが、唯一残っている本当の母との思い出だった。
それしか覚えていなかったからか、それともあんな最後だったからか、そもそも母というよりも友人という感覚の方が強くて。
『名前は秋蘭。……約束よ? これからたくさん、面倒見てあげてね』
だから、自分の母親はこの人しかいなかった。
大好きなプリムラの花がよく似合う、やさしくて可愛い人だった。
『……花を摘んでくる?』
『買い出しは母さんとアキがしてくれてるから。流石にそれくらいは準備しないと』
夕方には仕事に一区切りが付く。
父と楓も交えて、全員で食事ができるのは数日振り。まわりから大人だの何だの言われるけれど、中1なんてまだまだ子どもだ。何とかコンプレックスとは言わないまでも、家族が大好きなのに変わりない。
『――だったら、明日はパーティーにしよう!』
みんなの笑顔が見たい。ただそれだけ。
その日が自分の誕生日だなんてことをすっかり忘れた。そんな子どもの……。
『……かあ、さ……』
滅多にない、ちいさな我が儘だったんだ。