すべてはあの花のために②

今、キス魔から逃げてきたとこで――


「(魔王様ほっといても絶対近々出てくるわ……)」


 そんなことを考えていたら、葵はあっという間に道明寺に帰ってきていた。


「(さてと、今の時刻は……)」


 時計は16時過ぎ。時間はそんなにないから急ぐかと、葵はある番号へと電話を掛けた。


『もしもし? どうしたの? 今どこ?』

「今? 部屋の中だよー」

『え? 帰ってきてたの?』

「そうだよー。頼むぞ。ちゃんと出迎えておくれ」

『しょうがないじゃん。今庭仕事中で』

「ちょっと急ぎ来て欲しいんだ」

『は?』

「今、キス魔から逃げてきたとこで――」


 ――バアアンッ!


「どういうことっ!?」


 いやいや、早すぎでしょ。
 さっき庭にいたんでしょ? 何でこんなに早く来られたの? ねえ!

 大きな音を立てて入ってきたのはもちろん、葵の専属執事さんである。


「ねえどうしたの! 何があったの! てか……何でキスマークついてんの!?」

「……あ。あれ?」


 わかりにくいとこって言ってなかったっけあの人……。
 そう言って彼が指差したのは確かにわかりにくいところで、髪をしっかり上げないと見えない、右耳の下の方だった。


「(ち、ちょっとちょっと! 早速見つかってるんですけど! どういうことよこれえ!)」

((これは……うん、彼に報告しておいたら? 付けるならもっと見えにくいとこでって))

「(いやいや! それ言ったら誰かに見られたってバレるやつ!)」

((えー。面白いと思ったのに))

「(人の危機を言うに事欠いて面白いだとお?!)」

((危機……って、え。般若がいる。般若がいるーッ!?))

「(たまには何かこの局面を脱せるようなアドバイス頂戴よう!)」

((この般若を前にそれは無理!))


 そんなやりとりを脳内でしていても、彼の般若顔はもちろん直らない。余計に酷くなっている。


「ねえ。どういうこと。説明してくれるよね」

「わ、わたしも何がなんだか……」

「誰そいつ」

「え」

「ぶっ殺す」

「やめてやめてやめてーっ! 大丈夫だったから!」

「なんでこういう時に限って手が出ないわけ?!」

「ま、まあ苦手なもんでして……って、痛い痛い!」

「手退けて。今消毒してるんだから」


 いつの間に持ってきたのか、首から上を消毒液を湿らしたタオルで思い切り拭かれた。まさかトーマが、バイ菌扱いされる日が来ようとは。


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