すべてはあの花のために②

それは何と申せばよいやら


 時刻は20時を回った頃。


「ねえ、本当に来るって言ったの」

「い、言ったはず……」

「じゃあ、どうして待ち合わせ時間一時間も過ぎてるの」

「わたしにも、何が何だか……」


 あれからカエデに連絡をした葵たちは、向こうが指定した19時に、皇邸の近くにある川沿いへ車を停めて待っていた。


「というかシント、運転できたんだね」

「葵の中で俺は一体何歳で止まってんの。俺もう19だよ。何回も迎えに行こうかって言った時、まさか徒歩だと思ったわけ?」

「いやいや、歳教えてくれなかったでしょうよ」

「それぐらいわかれよご主人」

「ぐっ。それは何と申せばよいやら……」

「いやわかったらすごいから。落ち込むな、こんなことで」


 まあ一時間待ってる間も、こんなくだらない会話ばかりしていたおかげで、全然退屈しなかったけれど。


「わたしね、改めて今日、シントに一歩近づけてよかった。すごく嬉しい」

「……あっそ。それはよかったね」

「シント? どうしたの。顔赤くなっ」

「葵さー」


 被さるように名前を呼ばれた葵は、首を傾げながら「なあに?」と応える。


「……俺が、好きだって言ったら、どうする?」


 そして、目をぱちくりさせた後、申し訳なさそうに俯き加減で答えた。


「……わたしは、変わらない(、、、、、)よ」

「もしもの話」

「……なら、嬉しい……と、思う」

「そっか。じゃあ好き」

「えっ?」

「だから俺、葵のこと好きなんだよね」


 まるで冗談のように言う彼の言葉が、決して嘘ではないことくらい、付き合いの長い葵にはすぐにわかった。


「わ、『わたし』を知ってるのに……?」

「それでも好きになっちゃったんだもん。しょうがないじゃん」

「……わたしなんか、やめといた方が」

「俺の好きな人を、なんかなんて言わないでくれる」


 怒気を含んだ声に、思わずびくりと肩が震えた。


「……別に、困らせたかったわけじゃない。さっき、嬉しいって言ったから、喜んで欲しくて言っただけだし」

「シント……」

「ま、俺も変わることはないから。そこんとこよろしく」

「……そっか。じゃあ、ありがとう?」

「はいはい。どういたしまして」

「ふふっ」

「何?」


 思わずこぼれてしまった笑みに、葵は窓の外の夜空を見上げながら、しみじみと答えた。


「気持ちに応えられないのに、どうしてこんなに嬉しいのかなって」

「――。……葵」

「ん? なに――」


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