すべてはあの花のために③
伊達に毎日演技してませんからね
「あ、そうだ! えーっと、マサキさんとお呼びしても?」
「おお。ええでー」
その頃車の中は、何故か楽しそうな雰囲気だった。
車内に流れる音楽も、テンションが上がるような曲を気を遣って流してくれているよう。
「すみません。ちょっと家に連絡しても大丈夫ですか?」
「……なんて連絡するん」
「〈今日はカナデくん家で文化祭の打ち上げするから帰らないよー〉って言うだけですよ?」
「ぷっ……ははっ! そーかそーか。ほな連絡しとかなあかんわな~」
どうやら了承が取れたようなので、メールを一通入れておいた。
「にしても、お嬢ちゃんは演技が上手いんやな」
「(伊達に毎日演技してませんからね……)」
小さく零れた葵の言葉は、車内に流れる音楽によってかき消された。
「無理言って悪いんやけど、お嬢ちゃんしかおらんと思ったんや」
「そう言ってもらえてよかったです。わたしも、何とかしたいと思っていたので」
葵が微笑みながらそう言うと、彼は横目でちらりとその様子を見ただけだった。
「なんでお嬢ちゃんは信じてくれたんや。俺、あんたんこと蹴り飛ばしたよな?」
「それはお互い様ですよ。わたしもマサキさん動けなくなるようにぶん殴ったので」
彼はあの時のことを思い出したのか、「あれはめっちゃ痛かった。死ぬか思うた」と言われたけれど。
「そもそも動かなくしたはずなのに、いつの間に逃げたんですか。そのまま連行しようと思ってたのに」
「流石にアレは効いたけど、俺もあいつらも元から体の出来がちゃうねん。お嬢ちゃんの友達が連絡しよったの見て、これはヤバいと思って早々に立ち去らせていただきましたー」
そんなふざけた様子で言ってるが、本当は心底焦ったに違いない。
「でもほんまに不思議なんやけど、俺についてきて大丈夫やって本気で思うたんか? 俺、『殺す』まで言ってんねやで?」
「え? そんなことまだ気にしてるんですか?」
「そんなことて……」と、マサキはガクッときている。
「だって、あなたからは全く殺気が感じられませんでしたから。それに、みんなと戦っていた彼らも」
「……殺気、ねえ」
「あなたが言ったとおり、彼らは本当に時間稼ぎのためにやってきたんでしょう? まあ、わたしがまた暴れたらみんなで取り押さえてでも連れて行こうとしたんですかね」
「お嬢ちゃん、ほんまは“こっちの人間”とちゃうんかいな」
彼はそう言ってケラケラ笑う。
「それよりもわたしは、あなたが“こちら側の方”で、本当によかったと思っています」
「……嬢ちゃんは、どこまで知っとんか」