すべてはあの花のために③

イノシシになって押しかけに行くよ!


「おれがわかるのはこの辺りかなあ。おれは、おうりがまた前みたいに表情がなくなっちゃったり、怯えてしまうんじゃないかって怖いんだ」


 そんな苦しそうなアカネの背中を、ゆっくりと摩ってあげる。


「アカネくんは、きっと誰よりもオウリくんのこと、心配だったけどここまで来てくれた。今すぐにでも、彼のところへ行きたかったんだよね。ちゃんと、わかってるよ?」


 すっかり背中を丸めて小さくなるアカネに、やさしく言葉を掛ける。


「オウリくんは、今一人でお家に閉じこもってるのかな」

「おじさんと住んでるってことは知ってるけど……仕事があるから、今は一人かもしれない」


「そっか」葵はそう漏らした後、アカネの肩をぽんと叩く。


「それだったらアカネくん。オウリくんのそばにいてあげよう。今、もしかしたらみんな帰っちゃったかもしれないから、今度は君が行ってあげて?」


 急にそんなことを言い出した葵に、アカネは目を見張った。


「で、でもおうり、会ってくれないと思うよ多分」

「それでもオウリくんは、そばにいてくれるだけでも嬉しいと思う。みんなが離れて行ってしまうことが、また彼を昔みたいにさせてしまうかもしれないから」


 葵はアカネの手をぎゅっと包んであげる。


「アカネくん。どうか、オウリくんから離れないであげて? オウリくんが自分とも、みんなとも向き合って話をしてくれる時。……真実を知っても、どうか……っ」

「……あおいチャン?」


 まるで葵は、何かを知っているかのよう。


「……あおいチャンは。何か、知ってるの……?」


 アカネが尋ねるけれど、葵はただ首を振るだけ。


「知らないよ? でも、アカネくんの話を聞いて、やっぱり彼が話せない原因も、表情が変わらなかった原因も、つらいものなんじゃないかと思ったんだ」


「だから」と葵は続ける。


「どうか、聞いても一緒にいてあげて? それが彼にとって一番重要なことだから」


 アカネは、葵の言葉にしっかりと頷いた。


「当たり前だよ。おれも他のみんなも、おうりと一生友達だからっ」


 彼はスッと立ち上がり、そして葵に手を差し伸べる。


「あおいチャンも行こ! おうりのとこ! 声掛けてあげよ! 一緒にいてあげよ!」


 けれど、葵はただ首を振った。彼の手を、やさしく両手で包むだけ。


「わたしも今すぐ行ってあげたい。それはほんとだよ? でも、先にやらないといけないことがあるの。それが終わったら、イノシシになって押しかけに行くよ!」


 握り拳を作って言う葵に、アカネは一気に肩の力が抜ける。


「い、イノシシは、やめとこう? おうりビックリしちゃう」

「おうわかった! それだったらブタさんになろう!」


 よくわからない返事をされてしまった。


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