すべてはあの花のために④

じ、実は一度だけ


 その後、葵はアヤメにお風呂へ強制連行。
 稽古があるからと初めは断ろうと思ったが、いつでもお風呂は使ってもいいと許可をもらったので、夜中にもう一度入らせてもらうことに。

 人様のお母様と一緒にお風呂だなんて初めてで恥ずかしかったけれど、「はい。ばんざーい」とか「頭洗ってあげるわねー」とか「体も洗いっこしましょ~」とか揉みくちゃにされているうちに、恥ずかしさはどこへやら。それに、なんだかとても楽しかった。


「葵ちゃんって、好きな子とかいないの?」

「ぅえ!? い、いない。です……」


 ぶくぶくと、恥ずかしさは湯船に流した。


「葵ちゃん。裸の付き合いなんだから、本当のこと言わなきゃダメなのよ」

「え? そ、そうなんですか?」

「え。じゃあいるの?」

「……えっと。そもそもの好きが、よくわからなくて。友達としての好きと、恋人としての好きの違いが、わからないんです」

「じゃあ、今まで付き合った人とかはいないのね。デートも未経験?」

「……えっと……」

「え。あるの?」

「じ、実は一度だけ」

「どういうことおーッ?!」


 ビックリして立ち上がったアヤメの大きな波に、葵は湯船の中にもかかわらず攫われた。


「わあああ~~」

「あらま! ごめんなさ~い」


 何とか救出された。


「それで? 付き合ってもいないのに、どうしてデートはしたことあるの?」

「……えっと。何度も告白をしてきてくださる方がいまして。何度もお断りさせていただいてたんですけど、その……」

「それで、一回デートしてくれたら諦めるとか言われた?」

「あ。そ、その通りです」

「……それ、絶対にもうやっちゃダメよ」

「あ。で、ですよね。相手の方にも失礼で――」

「こんなに可愛い葵ちゃんだもの、そのデート一回でやられたんでしょう?」

「や、やられた?」

「だからHよ」

「し、しませんよ!」


 思った以上に大きな声が出て、風呂場にすごく反響した。


「……ちなみになんだけど、したことは?」


 顔を真っ赤にしながら、全力で首を横に振った。


「……よかったわ。真摯な子だったのね」

「えっと。そ、その時のデートでは、そういうことは、してませんが」

「? してませんが?」

「……さ、されそうには、なりました……」

「だあああから言ったでしょうがあああーッ!」

「すっ、すみませ……ぼこぼこぼこ」


 再び母立ち上がる。葵、波に呑まれる。


< 114 / 267 >

この作品をシェア

pagetop