すべてはあの花のために④
大きくなりましたねえ
この後お月見することを伝えると、アヤメがお茶菓子を用意してくれた。縁側でのお月見は寒いからと、リビングのカーテンを全開にしてくれた。しかもトーマも呼びに行ってくれると。
至れり尽くせりで申し訳なかったけれど、何故かそわそわしていた気がした。どうしてかは結局わからなかったけど。
葵は、ガラス戸の向こうに浮かぶ大きな月を見上げていた。
「葵ちゃんは、お月様から来たお姫様みたいだね」
「冷えるでしょ」と、肩にそっとかけられたカーディガンを、ぎゅっと握り締める。
「わたしなんか、お姫様にはなれませんよ」
「……葵ちゃん?」
トーマが後ろから顔を覗き込もうとするが、葵はすぐに切り替えてふわりと笑いかけた。
「ご用事はもう大丈夫なんですか?」
「え? あー……うん。ちょっとね、動物の世話があって」
「動物を飼ってるんですか?」
「あんな奴ら飼った覚えないし」
一瞬魔王様が降臨したが、「何でもなーい」と笑っていたので気のせいだと思うことに。
トーマが用意してくれたコーヒーを手に、ソファーに座って月を見上げる。
「一人暮らしされるんですか?」
「そうだね。そうなると思う」
「ナツメさんもアヤメさんも、トーマさんがいなくなると思うと寂しくてしょうがないんでしょうね」
「ははっ。そうだろうね。あれだけ異常なほど、俺のとこ来るしね」
マグカップを両手で包み込みながら、堪えきれなくて思わず笑みをこぼす。
やっぱり、わかっていたんですねと。
「じゃあトーマさんは、明日明後日お二人とたくさんお話ししてください」
「大丈夫だ葵ちゃん。いっつも、これでもかって言うほど喋ってる」
「じゃあ、もうちょっと構ってあげてください」
「勉強の支障がない程度に」
「一緒に遊んであげてください」
「同上」
正直言うと、嫌だとか恥ずかしいとか言うと思っていたから驚いた。
「トーマさんも、大きくなりましたねえ」
「え? 何。どういうこと?」
「あ。さっきまたお写真たくさん貰ったんです」
「また君は性懲りもなく……!」
恥ずかしそうに顔を赤くするが、奪い取ろうとか、そんなことは思ってないみたい。
「それにしても、本当に成長されていたのでビックリです」
「いや、写真の話はもう……」
「素直になってるんだなって。そう思ってつい、嬉しくて」
「それは……」
「だって、本当はお二人が自分のことを気にかけてくれてること。嬉しいんでしょう?」
「嬉しくないわけないじゃない」
「ほら、そういうところ。さっきはああ言ってましたけど、トーマさんの顔なんだか嬉しそうでしたから。きっと、そうされること。なんだかんだで楽しいんだろうなって思ってました」
「……そう教えてくれたのは、葵ちゃんだから」