すべてはあの花のために④

傷口広げないで


「……ん。……あれ。わたし……」


 時刻は1時過ぎ。どうやら葵は、あのまま一時間気を失っていたようだ。


「あれ? 毛布だ」


 持ってきた記憶はないし、掛けた記憶もない。
 それだけではなく、脂汗で不快だったはずなのに、何故か体がすっきり爽快。


「……誰か、いてくれた……?」


 微かな残り香に、近くの床がまだ温かい。
 きっとトーマか両親だろうと、あとで忘れずお礼を言うことに。


「あ! 手紙! ……よかったあ。ちゃんとある」


 気を失う前に書き終えた手紙は、葵のすぐ近くに置いてあった。封も、そのままで。


「……絶対になくさない。ちゃんと、渡すんだから」


 葵は最後に宛名と住所を書いたあと、今度こそ体を動かし稽古をはじめた。


 ❀ ❀ ❀


 朝日が昇るまで稽古を続けた葵は、朝方もう一度お風呂を頂いて部屋へ戻る。その後台所に行ってみると、アヤメが朝ご飯の準備をしていた。


「おはようございますアヤメさん」

「あら。おはよう葵ちゃん」


 そして、作られている量を見て愕然とした。


「お、多いですねえ」

「そうなのよー。困ったもんだわ~」


「でもたくさん食べてくれると思うと、作りがいがあるわよね?」と言う彼女に、葵は腕を捲って「手伝います!」と手を洗う。


「え? いいのよ。葵ちゃんはテレビでも見てて?」

「いいえお母さん(、、、、)! わたしは、お母さんのお手伝いをしに来たんです!」


 へへへ~と、照れくさそうに笑う葵に、アヤメは僅かに目を潤ませた。


「……それじゃ、娘のお手並み拝見といきましょうかねっ」

「はいっ!」


 はりきって二人で朝食の準備スタート。


「今日も親戚の方がお見えになるんですか?」

「そうなのよー。ほんと、動物みたいで困ったものよねー」

「ははっ。動物ですかー」


 楽しそうに笑う葵に、「葵ちゃんが作ったと思ったら、きっともっと美味しく感じるんでしょうね~」と、同じようにアヤメも笑っていた。


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