すべてはあの花のために④

sideツバサ


「おーい。そろそろ帰らないと、明日学校でしょー?」


 シントが窓を開けて声を掛けてくる。


「そうだった! それじゃあツバサくん、また明日」

「――あっ、葵!」


 その背中に手を伸ばして、ぐっと葵を腕の中に閉じ込めた。


「つ、ツバサくん……?」


 ぎゅうぎゅうと、体が軋むほど強く。縋るように。震えているのを少しでも隠せるように。


「……まだ、話せなくて悪い」


 別々に帰っていること。
 どうして、こんな恰好をしているのか。


「うん。……大丈夫。大丈夫だよ、ツバサくん。無理に言わなくていいんだ」

「……ッ。ん」


 そっと離れたあと、ゆっくりと彼女が振り返る。


「……俺は、いいんだっ。俺はまだ、頑張れるから……」


 そのやさしい表情に、弱音が小さく漏れた。


「……俺がこうしてるのは、ただの自己満足でしかない。一番苦しんでるのは、……あいつなんだよ」

「ツバサくん……」

「だから、助けてやって。あいつを。あいつが……自分を、失う前に」

「……うん。大丈夫だ。任せなさい! 桜のあっちゃんが、何とかしてやろうじゃないか!」


 よ~しよしと、大型犬を撫でるようにわしゃわしゃと頭を撫でながら笑う彼女に、頑張って笑顔を返した。


「笑う門には福来たるって言うでしょう? だから。……どうかツバサくんは笑っていて? そうしたらきっと、彼もまだ、自分を失わないで済むからね。大丈夫だよ」

「……ん。ありがとう」

「絶対……わたしが、壊させやしないから」

「……あ、おい……?」


 また葵の目が鋭くなる。
 けれど、すぐにその表情は笑顔に崩れた。


「それじゃ! また明日ねツバサくん!」


 慌てて作った笑顔を最後に、葵たちの車は去って行った。


< 170 / 267 >

この作品をシェア

pagetop