すべてはあの花のために④

なかなかのドS


 扉を開けたそこには、声が掛かるのを待ってたオウリが。こぼれ落ちていく涙を拭かないまま、立ち尽くしていた。


「(ありゃ。これはお母様に、『涙を拭いてあげる』って項目も付け加えてもらわないと)」


 小さく笑いながら、そんなことを思っていた葵。けれどヒエンや担当医たちは、腰を浮かして何が起こっても対応できるようにしていた。


「(もう大丈夫。二人とも、心が治ったから)」


 オウリは、そこからは動かなかった。ただ母親の姿を、顔を見て、視線をゆっくりと合わす。


「……っ。……っ」


 ぱくぱくと、もどかしそうに口を動かしている。
『話したい』『早く謝りたい』と、そう言っていた。


「……おーちゃん?」

「……!」


 母からの声に彼は驚いていた。彼女から発せられたその声が、あまりにもやわらかくて、あったかかったから。


「……おーちゃん」

「……。……」


 名前を呼ばれるごとに一歩、また一歩と近づいていく。


「おーちゃん」

「……っ」


 ベッドのすぐ横へ来て、彼は必死に涙を堪えるような顔をしていた。その顔に、思わずカリンは笑みをこぼして。


「ふふ。……おーちゃんっ」

「――……っ!」


 昔の、とっても強かった頃の母の笑顔。名前を呼ばれた彼は、もう涙を堪えるのも忘れて抱きついて泣いた。
 涙を流しながら笑顔で抱き締め合っている二人を見て、ヒエンたちはほっと息をついていた。


「おーちゃん? おーちゃん、おーちゃんっ。おーちゃんだあ!」

「……。……っ」


 何度も何度も、彼女は彼の名を呼んだ。
 自分の腕で抱き締めてあげられていることを、確かめるように。

 ふっと腕を緩めてしっかりとオウリの顔を見てあげる。それはもう完全に母親の顔で、涙を流す息子の頬を指で拭ったり、顔にたくさんキスを落としたり。

 それがくすぐったいのか、彼は身を捩ろうとするけれど、母にまたぎゅーっと抱き締められて。でも嬉しそうに涙を流して笑い合っていた。


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