すべてはあの花のために④

ウサギさんが、なんでかオオカミさんに


 新しい家族の形を見届けた葵は、笑顔でそっと見守りながらゆっくりと病室を出て行った。


「……っ、はあ。よ、かっ……」


 夜の受付の電気も消えている待合室。葵は椅子に座り込んで、自分の手を握り締めていた。


「(……治まれ。治まれっ。……っ。お願いだから。治まってよ……っ)」


 カタカタと。震える手を、必死に押さえ込む。


「馬鹿だなあほんと。……なんでビンタにしたのよわたし」


 けれど、葵の手が温かく気配は一切なかった。
 一体どうしたものかと思っていると、パタパタと足音が聞こえてくる。振り返ると、ピンク頭の子がこちらへと駆けてきた。


「あーちゃん!」

「――!」


 自分の名前を、彼の声で聞けることが、本当に嬉しい。
 それなのに、手の冷たさが治まらない。


「びっくりした。どこに行っちゃったのかと」

「オウリくんこそ、よかったの? 折角家族水入らずだったのに」


 オウリは葵の横にぴったりとくっついて「今、いい雰囲気だったから」とにこり。


「お母さんも、あーちゃんにお礼言いたいって言ってた。おじさんも」

「……そ、か」


 葵の様子がおかしいことに気づいたのだろう。彼が顔を覗き込んでくる。


「あーちゃんどうしたの。何かあったの」

「……何言ってるんだ。こんな幸せな日に、何があるのさ」

「それじゃあなんでずっと手握ってるの」

「ん? これはだね、感動を右手と左手でこう、分け合ってだね」

「じゃあなんで震えてるの」

「こ、これは……そう。嬉しさのあまりでだね」


 すっと目を細めたオウリの手が、葵の手を上から包み込んでくる。

 初めから、彼から逃げられるとは思っていなかった。


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