すべてはあの花のために⑤

ギブ! ギブギブ!


 水族館に入った葵たちは、様々な生き物の見学をしていった。珊瑚や熱帯魚、水辺に住んでいる生き物やサメももちろん。
 平日にも関わらず、多くのお客さんたちで賑わっており、薄暗い館内ではすぐはぐれてしまいそうになる。


「キサちゃん、すっごい綺麗だね!」

「うん! 小っちゃいお魚さんたちもいっぱいだね!」


 水族館に来たのが初めてな葵は、ついついはしゃいでいた。


「あ。クマノミだ」


 図鑑などで見たことのある魚たちがいっぱいいたけれど、実際に見るのが初めてな生き物がたくさんいた。葵は、ひとつひとつのガラスに釘付けになりながら回っていた。


「珊瑚礁があるところには、屋根がついてないのか」


 直接日の光を、珊瑚もたくさん浴びているようだった。


「……海の中でさえ、日の光を浴びられるんだね」


 そう呟いた葵は、ひとつの水槽に目がとまった。



「……光の、柱だ……」


 その水槽には太陽の光が柱のように差し込んでいて、とても幻想的だった。ゆらゆらと揺れるその柱を見つめている葵は、その幻想的な世界に吸い込まれていきそうで――――……。


「っ、アオイちゃん!」

「――!」


 カナデが声を掛けてくれるまで、ここが水族館だということさえ忘れてしまいそうだった。


「……かなで、くん……」

「もう。驚くから。いきなりいなくなっちゃうんだもん」

「え?」


 いつまでそうしていたのだろう。まわりには葵とカナデ以外のみんなの姿はない。


「も、もしかしなくても、はぐれてた?」

「うん。ばっちりね」


 若干呆れているようなため息に、慌てて素直に謝った。


「ご、ごめん。気づいてくれてありがとう」

「…………」

「カナデくん……?」

「はあ。……いいえ。ほら、早く行くよ」


 そう言ってカナデが、葵の手を握り締めて引っ張っていく。


「か、カナデくん? わたしもうはぐれないよ?」

「信用なりません」

「は、恥ずかしいんだけど……」

「……俺と手繋ぐの、いや?」


 急に立ち止まったカナデは、葵の方へと向き直る。その表情が、なんだか悲しそうな。つらそうな。悔しそうな顔だったので、思わず心配になった。


「俺は繋いでいたいんだけど」

「……えっと」

「じゃあ、俺が安心してたいから繋いでたい。……それでもダメ?」


 首を傾げながら、ぎゅうぎゅうと手を握ってくる。強さからして、離す気はないのだろう。どうあっても、理由を付けて繋いでいる気だ。


「……うん。カナデくんがそれで安心してくれるなら。よかったらわたしの手、繋いでて?」


 でも、断れるわけがない。
 だってもう、みんなに心配は掛けたくないから。


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