すべてはあの花のために⑤

sideツバサ


「大丈夫だよツバサくん。ゆっくり、今の自分にできることをしていけばいいんだ。きっと、今までしてきたことを少しでも変えるのは難しいと思う。……わたしだって、そうだから」

「葵……?」


 どうしたのかと尋ねても、彼女は「ううん。何でもない」と濁すだけ。
 いつかはその先を聞きたい。聞けるようになりたい。……でも、それはまだ。今じゃない。


「きっと、変えていくのに途轍もない勇気が必要だと思う」

「……ええ。きっと、そうね」

「でしょう? だから言ったじゃん。何かあったらわたしに言ってって」

「でも、お前を頼るわけには」

「違うよ。頼るんじゃない。ツバサくんに勇気をあげるの」


 日が沈み、辺りが暗くなっていっている町を歩いて戻る。


「言ったでしょう? わたしは、ちょっとお手伝いしただけなんだ。背中を押しただけなんだよ」

「背中?」

「うん。こう……とんって」


 葵はツバサの後ろに回り、両手で少しだけ背を押す。
 一歩前に進んだツバサに、「ほら。簡単に一歩前出ちゃうでしょう?」と、葵は後ろから覗き込んでくる。


「自分だけじゃどうしても一歩踏み出せない時は、人に頼っていいと思うんだ。わたしは、みんなの背中を押してあげてただけなんだよ。怖くて踏み出せなくても、人に押されたらいやでも足が前に出ちゃうでしょう? あれだね。バンジージャンプと一緒!」

「もっといい例えはなかったの?」

「え? ばっちりでしょ?」

「否定はしないけど」

「ふふ。……だからね? 勇気がなくても、誰かに押してもらえたら……踏み出したら、意外と何でもいけるかもしれないよ」

「……ええ。確かにそうかもしれないわね」


 同意をすると、葵がふわりと綺麗に笑った。


「……ア、ンタ……」

「どうしたの?」

「あ、いや。……なんでも、ない……」


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