すべてはあの花のために⑤

sideツバサ


「えっと……どう、かな。お礼の代わりになった?」

「ふっ。それ、普通俺が聞くんじゃないの」

「あ! じゃ、じゃあ、聞いてください!」

「ははっ。お前の話聞いたことで、ちょっとでも礼になった?」

「うん! 言えてよかった! 言えてなくてごめんね?」

「いいよ。……ほんと、驚きすぎて未だに信じられねえけど」


 ツバサはゆっくりと葵の頬に手を伸ばす。白くて柔らかい頬を撫でたり包み込んだり、突いたりして、その感触を楽しんだ。


「でも、さっきありがとうって言ってた。言わなくていいよって言ったのに」

「そのことなんだけどさ、しょうがないと思うんだわ」

「へ? ど、どうして?」

「お前にとっては当たり前かもしれないけど、人にとっては当たり前じゃないような、とんでもないことをしてくれたと思う奴もいる。受け取り方は、人それぞれだ」

「…………」

「だから、どうしても言わなきゃ気が済まないんだよ。代わりのことっつったって、お前はどうせそんなの『いらない』って言うんだろ?」

「そう、だね。ツバサくんには、ちょうど言いたいことあっただけだし……」

「だから、よかったらお前も、あいつらの気持ち受け止めてやって」

「うーん……」

「納得できない?」


 葵は腕を組んで悩んでしまう。
 素直に礼ぐらい受け取ればいいのにと。単純なことだろうにと、この時のツバサは思っていた。



「――わたしなんか、お礼言ってもらうに値しないよ」

「――! ……あ、おい?」


 不意に、葵の雰囲気が変わる。
 今まで温かかったものが、……冷たく、鋭利に。


「だってこれは当たり前のことなんだから。わたしなんかにお礼言うなんて。……みんなは優しすぎる」


 ツバサがいるとわかっているのかいないのか。
 焦点が合わないまま、ぶつぶつと葵の呟きが止まらない。


「お礼を言われる度に、自分が虚しくなるだけだ。だってわたしは、最低なんだから」

「え。……ちょ、ちょっと、どうしたのよ」


 葵のおかしさに、慌ててオカマへと戻る。
 そして、今の葵の様子をしっかり見ておくことにした。彼女の何かがわかるかもしれないと。


「わたしなんかがみんなにお礼を言ってもらう資格なんてないんだ。……ああそうだ。そもそも友達になったことがおかしすぎる。……奇跡? いいや。みんなにとっては悲劇じゃないか。はははは………」


 ――けれど、それもままならなくなった。
 

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