すべてはあの花のために⑤
涙と鼻水と涎でぐっしょりだよ?
「(今日はー、朝のHRが始まるまでにー、各クラスの委員長にー、パーティーのプリント渡さないとね~)」
テンションは高いけれど、仮面を着けたままなので表情は微笑みだけ。いつもより早めに登校した葵は、取り敢えず自分の教室に荷物を置きに行こうとしていた。
その時にちょうど、掲示板を通りかかる。
「……え。どういう、こと……」
昨日貼ったポスターが引き裂かれ、ボロボロになっていたのだ。
大急ぎでポスターの残骸を綺麗にし、何も貼っていなかったかのように掲示板を整えたが、次の瞬間には地面を蹴っていた。
「(……ッ、きっとここだけじゃない!)」
残骸を鞄の中に突っ込み、全力疾走で昨日ポスターを貼った掲示板まで走る。
「(はあ。はあ。……やっ、ぱり……)」
次に行ったところも、その次に行ったところも、ポスターと呼べるようなものはそこにはなかった。
あったのはポスターだったらしい残骸と――――例の【赤い封筒】だけ。
「(でも……よかった。早めに来ておいて)」
唯一の救いは、登校している生徒が少ないこと。片付けておけば、何かの見間違いだったと思うだろう。写真に残されていたら、流石にどうしようもないけれど。
教室に向かうと、何人かの生徒が登校してきていた。
葵は何事もなかったかのようにクラスの生徒へ挨拶をし、取り敢えず回収した赤い封筒を鞄の中に収め、各クラスの委員長へクリスマスパーティーのプリントを渡しに行った。
「失礼します。クラス委員長はいらっしゃいますでしょうか?」
以前1-Sの委員長には、歓迎会の集計もお願いしたことがあるので少し気が楽だった。
「あ。道明寺先輩、おはようございます」
「……! お、おはようございます月雪くん」
どうしても彼が目に入るだけで、少し動揺してしまう。
「何か用ですか?」
「あ、はい。委員長にちょっとお願いしたいことがありまして」
すると彼はふわりと笑って、「なら私ですね」と。
「以前クラス委員長をしていた彼は、家の都合で転校してしまったんです。今は私が」
「え。……そう、だったんですか」
少し残念に思い思わず俯くと、ふわりと頬を何かが掠めた。
「え……っ?」
「あ、すみません。つい」
彼の指が、静かに下ろされていく。
「その。あなたが、あまりにも自分のことのように寂しそうな顔をされていたので」
「……!」
「でも、彼は本当に家の都合で転校しただけ。ですから、あなたが気に病むことなど一つもありませんよ」
安心させるかのようにふわりと笑うので、葵もつられて笑った。