すべてはあの花のために⑤
不束者ではございますが
「それではシント、行ってくるわね」
「……は、い。お嬢様。お気を、付けて……」
そう言いながらも、シントは葵の手を放さなかった。
┌ ┐
シントの分まで
皆様にご挨拶してくるからね
└ ┘
「……帰りは何時ぐらいになりそうかしら。ちょっと予測がつかないけど、シントは迎えに来られそう?」
シントは悔しそうにぎゅっと手を握ったあと、同じように文字を打つ。
┌ ┐
葵と話したい
おかしくなりそうだっ
息が詰まる
ずっと頭が痛いんだ
└ ┘
「……帰りはっ、大丈夫ですよ。いつでも、どこでも、お呼びくださ……。っ」
もう限界なのか、泣き出しそうな顔で縋り付くように抱き付いてくる。
けれど、どこに盗聴器が付いているのかはわからない。これ以上強く抱き締められたら、言い逃れできなくなってしまう。
「……ふふ。シント、そんなにわたしに早く帰ってきて欲しいのね? まるで子どもみたいに抱きついてきて。しょうがないわたしの執事さん」
取り返しがつかなくなる前に誤魔化すしかない。今は、これが精一杯だ。
葵がそう言うと、さっきよりも強く、シントは縋り付いてくる。
それからしばらく、何も音を発さなかった。葵はただ、シントの背中を音が出ないようにゆっくりとやさしく撫でて。シントは静かに、涙を流して。