すべてはあの花のために⑤

どうせ甘いもののことでも考えてるんだろうなー


 葵はシントの運転で、直接皇へと向かっていた。彼はどこか悔しそうな表情のまま、ただ車を走られていた。


「(大丈夫だよシント。今日のことはもう、わかっていたことじゃない)」


 これからのパーティーでのことを考えているのだろう。彼の気持ちを酌み取り、葵も言葉は発しないことにした。

 それから20時15分前に、皇邸へと車が到着した。


「それじゃあシント、行ってく」


 すると彼は、何も言わず抱き締めてくる。その体が震えている気がして、葵はそっと、彼の背中に腕を回した。


「(ありがとうシント。わたしは大丈夫だからね)」


 心の中で強く念じながら、しばらくの間彼の背中を撫で続けてあげた。


「……シント? 行ってくるわ」


 しばらくして、抱き締めてくれていた腕は放してくれたけれど、代わりに手を取られて車から出るに出られない。


「(うーん。どうしよう……)」


 もう覚悟は決まっている。でもそれが、彼は嫌でしょうがないのだろう。ぽつりぽつりと、綺麗な涙がシートを濡らしていった。


「(……ここが限界かな)」


 そんな彼を見て、葵は心を決める。


「――シント。いい加減放しなさい」


 大きなため息をつき、葵はシントに鋭い視線を向ける。


「何を我が儘を言ってるのです。わたしは、そんないい加減な者を執事にした覚えはありません」

「――え」


 視線に籠める『使えない道具』。


「はあ。ちょっと最近甘やかしすぎたかしら。やっぱりあなたの解雇について、もう一度考え直すべきね」

「……あ。おい……?」

「主人に対して呼び捨て? これは本当に考え直さないといけないわ。あなたを拾ってきたことも、どうやら間違いだったみたいね」


 葵はシントの手を払い除けた。


「迎えは結構よ。お父様の車に乗せていただくから」

「……お前、何言って……」

「それはこちらの台詞よ。執事なんかに『お前』呼ばわりされるなんて。ほんと、舐められたものね。使えない執事は道明寺には必要ない。お父様に相談してみることにしましょう。もう、わたしにはあなたは必要ないからって」

「お前! 本気で言ってるのか……ッ!」


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