すべてはあの花のために⑤
スルーなのね
0時近く。照明も落とされて、あたたかい橙色のライトのみが点いているフロアから、何やらカリカリと変な音が。
「(あ、アカネくんビックリしただろうな。しかも小麦粉だらけだし。さぞ気持ち悪かっただろうな……)」
葵が無心に、ただ只管とりもちを取っていた音のようです。
ちなみに葵さん、カリカリとりながら『みんなには見えてなかったはずっ!』と思っています。残念ながら、見えていなかったとしても、二人の表情でバレバレなのですが。
「(だ、大体、アカネくんがあそこで立つと思わないじゃないか)」
おかげで、ちょっと襲ってしまった感じに見えて――……。
「(って、違うわ。油撒いたわたしが原因)」
謝っておかないと。嫌だったろうし。
とりもちの処理が終わった葵は、油の処理のため連絡通路へと向かう。
「(アカネくん、怒ってるだろうな。何にも言わずに、思い切り床に押しつけてさっさと帰っちゃったし)」
しゃがみ込んで小さくなっていると、「手伝うよ?」と。いつもは聞いているだけで癒やされる彼の声が、静かな空間に響く。
まさか彼がここに来ると思わなかった葵は、思わずビクッと固まってしまったけれど、そんな様子を見て彼は、小さく笑ったあと何も言わず一緒に拭いてくれた。
「(……あっ、あやまらないと)」
意を決した葵は、慌てて顔を上げて「ごめんなさいっ!」と。謝ったら何故か彼と声が重なった。加えて「え?」と、また重なる二人の声。
お互いが、どうして謝られたのかわからないと、首を傾げた。
「な、なんであおいチャンが謝るの?」
「だ、だって油撒いちゃったし。アカネくん結局助けなかったし。終いには……その」
「いやいや! あそこで立っちゃったおれが悪いから! あおいチャンは、きっとかなチャン捕まえようとしてただけだと思うし。……おれとちゅー、しちゃったわけだし」
少し照れくさそうに、手の甲で顔を隠していた。
「いやいや! わたしなんかそのあと何も言わずに帰っちゃったし! とりもち取って掃除してたし……」
「いやいや! あおいチャンが悪いことなんてひとつもないから! 全部おれが悪いから!」
そんな言い合いばっかりで。二人はおかしくなって、ちょっと照れながら笑い合う。
「なんか、あの時みたいだね」
「体育祭の時?」
「なんだか懐かしいねえ」
「わたしはわたしで、アカネくんに悪いことしたと思ったから謝ってたのにねー」
「でもそれは、おれが我を忘れてあおいチャンのこと投げちゃったのが原因だし。……あの時は、おれの気持ちわかってくれてありがとう」
「こらアカネくん。わたしは、当たり前のことしたってさっき言ったでしょ? だからもう、お礼はいいんだってば」