すべてはあの花のために⑤

この際可愛いからよし


 葵たちはそのあと、文化館のホールで展示の見学をした。そこには、人が海と生きようとした功績が窺えた。


「……ふ、ね……」

「ん? どうしたの?」


『プラネタリウムほとんど寝ちゃったからいいよね!』と、オウリが葵の腕を掴んで離さなかったので、そのままの体勢で見学をしていた。言われてもよく意味がわからなかったけれど。


「(この際可愛いからよし)」

「あーちゃん?」

「こう……ふねってさ、すごいと思わない?」

「どうすごいの?」


 その展示ホールには、たくさんのふねが展示されていた。


「小さい舟にだって、人を乗せられるんだもん」

「あーちゃん?」


 また、葵の様子に違和感を感じる。
 受け答えはできるのに、意識だけどこか別のところへ行っているような。

 その様子に、みんなもまた顔を顰めた。


「大きな船ならさ、わかるんだよ。たくさんの人とか荷物を乗っけても水に浮かぶし、エンジンとか付いてるから、海の上進んでいくもんね」

「……うん。そうだね?」

「でもさ、小さい舟だよ? 小さい舟。木でしかできてないような舟もさ、浮かぶんだよ、海の上に。それでさ、何にもしないのに勝手に沖の方に行っちゃうの。どんどん陸から遠くなっていくの」

「……あーちゃん?」

「何にもしないのにだよ? ただ乗ってるだけなのにすごいよね。今ではその舟がどうして浮くのかとか、波とか引力とかの影響でどんどん流されるのだって知ってる。……でもね、頑張って陸の方へ腕を動かしても、そこにはどうせ辿り着けないんだよ」


 オウリは葵を掴んでいる腕に力を込める。


「あーちゃん。どういうことそれ」


 でも、葵はただ首を振るだけ。小さく笑うだけ。


「ごめん。何でもないよ? ……違う、か。ごめん。もう、これ以上は話したくないから」


 そっとオウリの頭をやさしく撫でるけれど、彼の表情は、どこか苦しそうなまま。葵から離れていくまで変わらなかった。


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