二度目の人生でかつての戦友が私を溺愛する
救出作戦
俺がハナに抱いた第一印象は『か弱いお嬢様』だった。
「セレスティーナ子爵家長女、ハナ・セレスティーナと申します。」
細い声のあいさつ。
真正面から目を合わそうとしない。
間違いなくコイツは気弱だ。
ただ…
優しく揺れるスカートと、ウェーブのかかった栗毛が俺の心をざわつかせた。
貴族の女とはこんなに美しいのか…。
こんなのがうろついてたら、男どもの気が散ってしょうがない。
着替えと髪をまとめることを命じた後、新入りに恒例で行っている模擬戦をすることにした。
俺と剣を交えればセンスが見れる。
「剣は持ってるか?」
「ええ…」
宝飾が施された立派な剣をおずおずと差し出す。
「お前はそれで良い。俺は模擬刀でやる。」
「え、いいの…?」
「平気だ」
ハナが鞘を腰に据え、剣を構えた瞬間、背筋に寒気が走った。
なんだ、コイツは…
剣の馴染み方が尋常じゃない。
「行きます!」
ハナが振り抜いた刃を真正面から受けると、再び俺の背筋に寒気が走った。
女とは思えない速さ、強さ、ぶれない剣筋。
コイツは…逸材だ。
「もういい、ハナと言ったな。剣術はいつから?」
「1週間前よ。」
「なっ、じゃあ何かスポーツを?」
「特には…」
思わずにやけそうになるのを抑える。
天才だ。
ハナがいれば…俺が鍛えれば、この隊ででかい戦功を上げられる!
「ロイ小隊へようこそ。歓迎する。」
「よろしく…」
そのときは役に立つ優秀な部下が増えたとしか思っていなかった。
しかし、毎日を一緒に過ごすうち、友人のような気安さが生まれ、隊の中で一番と言っていいほど仲が良くなった。
最初は暗くて気弱だと思っていた性格は、本来は優しさに満ちていて、寂しさと恐怖が明るい側面にふたをしているだけだった。
それに、王都で貴族令嬢も含め着飾った裕福な女をたくさん見たけれど、ハナほど心をざわつかせる人はいなかった。
ハナの美しさは貴族令嬢だからではないと知った。
そして、とある訓練後の宴会で
俺は気づくことになる。
その日はキツい訓練で、一際酒も旨く、楽しい夜だった。
「ロイ、あなたは…もっと部下に優しくてもいぃんじゃない?」
酔っ払ったハナが定位置となった俺の隣でくだを巻く。
「お前、飲み過ぎ。」
「答えになってないわ!
もっと優しく!褒めて伸ばしてよぉ」
「ハナがこんなに酔うのは珍しいな。」
そう言って、父と同じくらいの歳のテッドがハナの頭をポンと撫でる。
「テッド…」
ハナもセレスティーナ大佐のことを思い出すのか、テッドによくなついている。
ハナは塩らしく机に頭を伏せた。
「テッド。ロイは部下をいじめすぎよね?」
「いじめじゃない。鍛えてくれてるんだろ?」
「私は何度も蹴り飛ばされてるわ。」
「それはハナが弱いからだ。」
俺が口を挟むと、ハナはキッと俺をにらんだ。
目が合うだけで不思議と嬉しくなる。
「テッドぉ、ひどいわよね、この教官。」
「ハハ…そうだな。」
「だって今日も………スー…」
意味のわからないタイミングでハナは机に伏せたまま寝息を立て始めた。
「今日は一段と厳しい訓練だったから酒が回ったんだな。」
「悪いな、テッド。部屋まで送っていってくれ。」
「ああ。」
「よければ俺が行きますか?」
その時、俺とハナと同い年くらいの若い隊員が名乗りを上げた。
黒い髪と瞳はアイダ南方の出だろう。
「いや、それは…」
俺が断りの言葉を言いかけると、ハナが突然ムクリと起き上がった。
「ハナ、起きたなら自分で戻れ。」
潤んだ瞳で、黒髪黒眼の隊員をじっと見つめるハナ。
言い表せない不快感が俺の中に広がる。
なんだこの感情は…
「…ル様…」
何かつぶやくと、突然ハナはその隊員に抱きついた。
「っな!何してんだ!!」
俺が慌てて2人を引き離すと、ハナの潤んだ瞳が俺に向いた。
今にもこぼれそうで、こぼれない涙。
揺らぐ深い青色はまるで瞳に海を映しているようだ。
そうだ。そう言えば、コイツは訓練所に来てから一度も泣いていない。
貴族の女が戦地に一人放り込まれたのに。
だけど今コイツは初めて涙をこらえている。
酔っていてもなんでも、涙をこらえてすがりつく相手が自分でないことが、心の底から嫌だった。
「俺が送る。」
「おっ、ロイ。独占欲丸出しだな!」
「うるせぇ」
隊員たちの冷やかしを一蹴し、ハナを抱きかかえた。
ハナの目に映っているのが誰であっても渡したくない。
貴族とか仲間とか関係ない。
俺以外の男のために涙を流させてたまるか…
そして気づいた。
俺はハナのことが好きなのか…
これが人を好きになるという感覚…
俺の初恋はすやすやと眠る酔っぱらいに奪われてしまった。