【完結】ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜
62.決着
殺せ、と本能が告げていた。
殺らなければ、殺られるのはお前の方だ――と、誰かが自分を嘲笑っていた。
お前はこの男を殺したがっていたじゃないか。何より、こいつ自身が死を望んでいる。いったい何を躊躇う必要がある? ――そう、ほくそ笑んでいた。
理性の吹き飛んだ、まるで真っ暗闇な思考の中で、「殺せ」と、その言葉だけが、何度も何度もこだまする。
(……殺す? だが、俺は……)
確かにアレクシスは、エリスに諭されるまで、リアムを殺してしまっても仕方がないと思っていた。
自分のオリビアへの仕打ちを差し引いても、関係のないエリスを巻き込み、不貞の噂を流したリアムの罪は重い。
それに、命と名誉を掛けて行う決闘に『命の駆け引き』なしで臨むことは、神聖なる決闘に対する冒涜である――そう考えていた。
けれど、アレクシスはその考えを改めたのだ。
二日前の夕食で、エリスの気持ちを聞いたアレクシスは、自身の怒りの矛先をリアムだけに向けることを止めた。と同時に、たとえリアムにどのような態度を取られようと、どんな暴言を吐かれようと、「決して殺さない」と決めたのだ。
それなのに、こんなに簡単に、その決意を不意にしてしまっていいのだろうか。
(……俺、は……)
アレクシスは自問する。
本当に殺してしまっていいのか、と。
殺せ――と、本能が放つ警鐘に、抑制された僅かな理性で、どうにか抗おうとする。
すると、そのときだった。
闇の中で葛藤するアレクシスの耳に、「お兄様!」と声が届いたのは。