【完結】ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

67.移りゆく



 それから少し後。
 藍色に染まり始めた空の下で、エリスはアレクシスのエスコートを受けながら庭園を歩いていた。
 散歩に誘われたからだ。

 だが、せっかく待ち望んだ二人きりの時間だというのに、その表情はどこかぎこちない。

 その理由は、『どうしてアレクシスはこんなに早く帰宅したのだろう』だとか、『この散歩にはどんな意味があるのだろう』だとか色々だったが、一番の理由は、今しがた学院の寮へと帰っていった、シオンの去り際の台詞のせいだった。
 

 
 ――ほんの数分前、シオンはアレクシスへの挨拶も早々に、エリスにこう言った。

「急用を思い出したから帰るよ。僕の分の食事は殿下に食べてもらって」と。

 そして更に、エリスの耳元でこう囁いたのだ。

「そろそろ殿下の相手をしてあげてよ。先生も、ほどほど(・・・・)なら大丈夫って言ってたから」――と。


 言われた瞬間はどういう意味かわからなかった。
 けれど、シオンが背を向けた数秒後、ようやく(ねや)のことだと理解した。

 エリスはすぐに叱ろうとしたが、その瞬間振り返ったシオンがあまりにも無邪気な笑顔で、「すぐにまた来るから」などと言って手まで振るものだから、タイミングを逃してしまったのだ。

 
 エリスはそのときのシオンの言葉を思い出し、羞恥心から顔を赤くする。
 
(あの子ったら、一体いつからあんなことを言うようになったのかしら。次に会ったら、ちゃんと注意しておかなきゃ。あんなこと、むやみに口にするものじゃないって)

 そんな風に心の中でシオンを戒めてみるものの、どうしてもあの言葉が頭から離れない。

 それは、エリス自身も少なからず気にしていることだったからだ。

 ここのところ、アレクシスは自分を一切求めてこない。一緒のベッドで眠りはするものの、することと言えば、触れるか触れないか程度の、就寝前の軽い口づけだけ。

 その理由は、アレクシスに避けられているからか。それとも、我慢をさせてしまっているのか。あるいは、別の理由があるのだろうかと。
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