氷壁エリートの夜の顔

第17話 ちゃんとしない時間

 週末の古美多のシフトは、16時から始まる。開店は17時。それまでに翌日用の柿ようかんを仕込んだり、野菜を切ったりと、簡単な下ごしらえを手伝うのがルーティンだ。

 翡翠茄子に使うナスを切っていると、京花さんが満面の笑みで横に立った。

「ねえ咲ちゃん。先週、風邪ひいたときさ、颯真くんから連絡あった?」

 一瞬、どうしてそれを──と思ったけれど、そういえば結城さん、京花さんに偶然聞いたって言ってたんだった。

「はい。お粥と果物を持ってきてくれました」

 本当は、階段を上れずにいたところを助けてくれて、食事まで用意してもらったけれど──話すといろいろ誤解されそうなので、そこは黙っておいた。

「結城さんに聞きました。京花さん、すごく心配してくれたみたいで……ありがとうございます」

 京花さんは一瞬きょとんとしたあと、何かに気づいたような顔をして、ニンマリと笑った。

「ふふ、私はね『咲ちゃん、風邪で休んでるから今日は来ないわよ』って言っただけよ。でもね、颯真くんの方がすごくて、『どうしたんですか』『病院には?』って、なかなかの剣幕だったの」
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