氷壁エリートの夜の顔

第19話 恋愛相談

「美玲、相談があるので、泊まりに行ってもいいですか」

 昼のオフィスラウンジでそう切り出すと、ベーカリーのベーグルサンドを頬張っていた美玲が手を止め、意外そうに言った。

「咲が相談? めずらしいね。あ、前に言ってた自家製ヨーグルトのこと? あれは確かに、温度管理がなかなか難しくて──」

「……恋愛相談です」

 小声で言うと、美玲は一瞬ぽかんとしてから、「えええっ!」と大声を上げた。私は慌てて口元を押さえる。

「咲、まさか……妄想と現実の区別がつかなくなってきたとか……」

「違う!」

 そう言ってから、急に自信がなくなって、私は小さく言葉を足した。

「……と、思う……」

 語尾が、消えるように小さくなる。昨夜の出来事が、まだ夢のように感じられて、確信が持てないのだ。

 今日の結城さんは、いつも以上に完璧な氷壁モードだった。
 それはありがたくもあり、それでいて、少し寂しいような気もした。

 なにもなかったように振る舞うのは、慣れているはずだった。これまでも、そうやって自分を守ってきたから。
──だけど今回は、名前を呼ばれたときの声が耳に残っていて、うまくいかない。

 それに──目の前の彼があまりに変わらないと、少しだけ、気持ちが引っかかる。
 昨日の夜のことを、彼はどう受け止めているのだろう。
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