氷壁エリートの夜の顔

第3話 俺のテリトリー

 平日の木曜と金曜、そして週末。週に4日だけ、私は夜になると「古美多」で働いている。

 少しでも貯金を増やしたくて、会社に慣れたころからアルバイトを始めようと決めていた。
 どうせやるなら、笑顔でいられて、体を動かせる仕事がいい。そんなとき、家の近所にある「古美多」の店先に貼られた「スタッフ募集」の張り紙を見つけたのだ。

 私は外食をしないので中に入ったことはなかったけれど、いつも常連さんでにぎわっているイメージがあった。
 そして店の前を通ったとき、打ち水をしていた女将さんに笑顔で挨拶されたことも、なんだか心に残っていた。

 面接では、一度もお店に入ったことがないことを正直に話し、それでもよければとお願いした。
 勤めている会社名を伝えたとき、女将さん──京花(きょうか)さんは、ほんの一瞬だけ不思議そうな表情をした。

 大手企業に勤めているのに、なぜアルバイトを……きっとそう思ったのだろう。
 もしかしたら、借金でも抱えているのかと、少し警戒されたのかもしれない。

 だから私は、家の事情を包み隠さず話した。京花さんには、理解してもらえる気がしたから。
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