氷壁エリートの夜の顔

第4話 スーツで笑うの、初めて見た

 会議室の空気が、乾いた冬のオフィスみたいに冷えきっている。
 湿度ゼロ、笑顔ゼロ、ついでに会話もゼロ。

 目の前には、昨日、「俺の定食屋」とか言って縄張り意識むき出しだった男が座っている。
 けれど、あのときと本当に同一人物かと思うくらい、今日は完全に氷壁に守られた仕事モード。
 視線はずっとノートPCに落ちたままで、こちらに気配すら向けてこない。

 濃紺のスリーピースを完璧に着こなし、姿勢は坐禅のハウツー本に載せたくなるほどの美しさ。高い鼻筋に、スッとした顎、涼しげな目、そして……集中が切れた瞬間だけ、柔らかく解ける唇。

 どの角度から見ても、女性向けファッション誌の「恋に落ちるスーツ特集」とか「恋より尊い、仕事モード男子特集」とかで、メインカットを飾れそうなレベルだ。

 完璧すぎるくらい完璧で、でもそのぶん、冷たさが際立っている。いや、ちょっとどころじゃない。
──整いすぎたその顔には、感情という名のデータが一切表示されていない。ノートン先生も大絶賛のセキュリティレベルだ。

 そう、今の彼は完全に──氷壁モードだった。
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