氷壁エリートの夜の顔

第9話 遠い横顔

「え、颯真さんも走ってるんですか?」

 リビングから柚月の弾んだ声が聞こえてくる。

「うん。ほぼ毎朝。大学時代からの習慣で……もう10年以上になるかな」

 その返事に、律希が「うわ、ガチ勢じゃないっすか!」と驚きの声を上げる。

 家までの道すがら、ふたりはずっと彼に話しかけていた。気づけば、下の名前も聞き出して、すっかり打ち解けている様子だ。

──そういえば、京花さんも祐介くんも、みんな「颯真くん」って呼んでる。
 苗字で呼んでいるの、私だけなんだよな。

 煮崩れそうなカボチャを見ながら、ほんの少し胸がチクリとした。
 接点が多いのは、私のほう──なのに、距離はずっと変わらない。会社の人だから、しょうがないけれど。

「どれくらい走るんですか?」

 柚月の問いに、結城さんが穏やかに答える。

「平日は5キロ。週末は10キロくらい。気持ちのいい季節は、気づいたら20キロ走ってることもあるよ」

「それって、もうジョギングじゃなくてロング走じゃん」

 律希が感心したように言い、柚月も興味津々な声で続けた。
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