まほうどうぶつのお医者さん
5
「はーい。いらっしゃい」
明るい声とともに、魔女さんが現れました。
「こんにちはっ! ニーナと、モカです。今日は、聞きたいことがあって来ました」
一息にそういって、おそるおそる魔女さんのほうを見るニーナ。
魔女さんは、真っ白な紙に丸い眼鏡、お花の紺色のワンピースにあざやかな花柄のエプロン姿。
そして、ニコニコとニーナとモカを見つめています。
「ニーナちゃんとモカちゃんね。待っていたわ。どうぞ、入ってらっしゃい」
魔女さんにうながされて、ニーナとモカはお花畑のようなお庭に足をふみいれます。
「おじゃまします!」
「うわぁ……ステキ」
まるで、絵本の中に入りこんだかのよう。
色とりどりのお花の横を通って、庭の奥にある緑色のガーデンチェアに座ります。
なんだかうっとりした気持ち。
魔女さんは、ステキなティーカップで、いい香りのお茶とお菓子まで出してくれました。
「これは、ハーブティーですか?」
モカが聞くと、魔女さんはにっこり。
「そうよ、よく知ってるわね! 心が落ち着くカモミールと、すっきりした気持ちになるミントをブレンドしたの。どちらも、私がこの庭で育てたハーブよ」
「わー、すごい」
魔女さんのいうとおり、ハーブティーはひとくち飲むと心がほんわりほぐれて、それでいて、頭がすっきりしたような、不思議なかんじ。
バターのたくさん入った焼き菓子にもよくあいます。
「それで、私に聞きたいことっていうのは、なにかしら」
魔女さんの言葉に、ニーナはそっとわたあめちゃんに目を向けます。
「この子が、元気がなくて」
「あら、羽」
「え! 魔女さん、この子の羽が見えるの!?」
モカがびっくりして声をあげます。
「ちょっと、モカ!」
ニーナはあわててモカの口をふさごうとします。
この人が魔女だというのはあくまでもウワサです。
魔女じゃなかったら、「私は魔女なんかじゃない」と気を悪くするかもしれないし、本物の魔女なら、「自分の正体がバレた」とニーナとモカをつかまえて……やっぱりカエルにされちゃうかも!?
「ははは、いいのよ、子供たちが私のことを『魔女』って呼んでいるのは知っているわ」
「魔女さんは……、やっぱり魔女なんですね! だって、この子の羽が見えるなんて!」
モカの目がキラキラと光っています。
その気持ちはニーナにもわかります。
だって、本物の魔女に会えるなんて!
わたあめちゃんの羽は大人には見えないと思ってた。けど、魔女さんには見える。
それってやっぱり……。
「いいえ、残念ながら私は魔女じゃないの」
「でも……」
「ここにはたくさんの草が生えているでしょう。私には、薬草の知識があるというだけ」
「じゃあ、傷を治す薬草を教えてくれませんか?」
「そうねぇ……」
魔女さんはじっとわたあめちゃんを見つめます。
「ニーナちゃんとモカちゃんは、ヨモギって知ってる?」
「ヨモギ餅のヨモギですか?」
「そう。ヨモギはね、その辺にもいっぱい生えてるけど、あれは古くから使われてきた薬草なのよ。お茶にしたり、お風呂にいれたり、スープにいれたり。だけど、犬が食べると下痢になったりする」
「え!」
「つまり、ヨモギは人間には大事な薬草だけど、犬にとっては毒みたいなものってことね。……ねぇ、この子の背中を撫でてもいい?」
ニーナがうなづくと、魔女さんはそっとわたあめちゃんの背中に手をあてます。
「もちろん、犬が口にしても大丈夫な薬草はある。けれど、この子は犬みたいだけど、犬じゃないから……、下手にあげるのはよくないかもしれない」
「そうですか……」
モカが残念そうに肩を落とします。
「キミはどこから来たのかな。どんなところに住んで、なにを食べて、どうやって生きてきたのかな」
魔女さんは優しい声でわたあめちゃんに声をかけます。
優しい声と、真剣なまなざし。
自分の手のぬくもりを伝えるようにわたあめちゃんをなでて、魔女さんは悲しそうに首を振りました。
「ごめんね。私にはなにもしてあげられないわ。お役に立てなくて、ごめんなさい」
「いいえ! ありがとうございます」
苦しそうな表情の魔女さんを見て、ニーナはあわてて立ちあがり、頭をペコリと下げます。
ニーナにつられて、モカもペコリ。
「またいつでも遊びに来てて」
「ありがとうございました!」
最後にもう一度、しっかりとお礼をいって、ニーナとモカは魔女さんの家をあとにします。
「魔女さん……、ほんとに魔女なのかな? ちがうのかな? ニーナどう思う? 私はやっぱり魔女だと思う!!」
モカはなんだか興奮気味。
ニーナはうーん、と考えます。
「魔女さんが魔女かどうかはわからないけど、なんだかお父さんと似てるなぁって思った。」
「え、どんなところ?」
「優しくて、じーっとよく観察してるとこ、かな」
ニーナは魔女さんの言葉を思いかえします。
「キミはどこから来たのかな。どんなところに住んで、なにを食べて、どうやって生きてきたのかな」
なんだか、とても大切なことな気がする……。
わたあめちゃんは、どこから来て、どんなところに住んで、どうやって生きてきたのか……。
ニーナは空を見あげます。
やっぱり、空の上だと思うんだけどなぁ……。
空の上の雲の上。
ありえない? 本当に?
そんなのわからないじゃない。
だって、羽の生えた犬がいることが、もう「ありえない」のですから。
ニーナは考えます。
空の上の雲の国。そこがわたあめちゃんのお家。
どんなところかな。
雲の上、空の高いところ……。
「あ」
ニーナは大きな声で叫びます。
「に、ニーナ?」
「わかった! モカ、来て!!」
ニーナは駆けだします。
そうだ、ぜったいそう!
どうして気づかなかったんだろう!