結婚式の日に裏切られた花嫁は、新しい恋に戸惑いを隠せない
プロローグ
彩奈は待っていた。
教会の控室にポツンと座ったまま、ひとりで待っていた。
ウエディングドレスの着付けとメイクが終わってから、どれくらい時間が経っただろう。
朝早くに教会に来てお茶の一杯も飲んでいないし、食事もとっていない。
それでも彩奈は空腹を感じていなかった。
そろそろ式が始まる時間だと思うのだが、ドアの外はシンと静まりかえっている。
父と母は姿を見せない。いや、娘に合わせる顔がないと思っているのかもしれない。
彩奈は今日、両親の希望する相手と結婚する予定だ。
彩奈の父が院長をしている井口病院は、経営難に陥っていた。
もともと老朽化していて収益が落ちていたところに、アルバイト医師が医療ミスを犯してしまった。
命に係わるものではなかったので賠償金を支払ってなんとか落ち着いたが、信頼回復は難しかった。
それでも病院を存続したかった父は、守屋総合病院の傘下に入り、分院として生き残る方法を選んだ。
それが彩奈の結婚にどうして繋がったのか、いまだによくわからない。
とにかく彩奈は、守屋家の長男の徹と結婚することになったのだ。
二十二歳の彩奈は大学を卒業したばかり。決まっていた就職先も、結婚のために辞退させられた。
結婚相手は裕福な御曹司だから、妻が働くなんて受け入れられないと言ったそうだ。
すべて両親から聞いたこと。
彩奈は見合いの日と結納の日にしか相手と会っていないから、徹の顔すらよく覚えていない。
どんな性格の人かわからないし、職業をかろうじて知っているくらいだ。
しかも年明け早々に顔合わせして、あっという間に今日を迎えた。
とりあえず近親者だけで式を挙げて、落ち着いてから披露宴をする予定だと聞いている。
それまでは黙っておこうと、彩奈は友人にも結婚するとは伝えていない。
(家のための結婚だなんて、誰にも言えない)
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