結婚式の日に裏切られた花嫁は、新しい恋に戸惑いを隠せない
砕かれた心
井口彩奈は手放せない。今回の長崎出張で、その考えは間違っていないとわかった。
湊斗の中で、これまでの彩奈に対する先入観は変わりつつあった。
もう何ヶ月も仕事ぶりや普段の様子を見聞きしてきたが、とても守屋徹を篭絡したような悪女には思えなかった。
着ているものはシンプルで品があり、女性らしさを強調することもない。
言葉使いも上品で、立ち居振る舞いも秘書として完璧だ。
これまで秘書室勤務の女性は長続きしなかった。
本人の希望はもちろん、入社試験の成績がよかったり営業や経理での評価が高い社員が配属されてきたが、早々にリタイアしている。
早瀬М&Aパートナーズは、けしてブラックな企業ではない。
仕事自体はハードだが、休みや勤務時間の調整はきちんとしている。なにより給与水準も高いのだ。
ただ秘書という立場はどうしても湊斗のそばにいる時間が長くなる。それが勘違いする原因らしい。
湊斗自身には甘い言葉をかけた記憶もなければ、個人的に会った記憶もない。
それでも「自分は気に入られている」くらいならまだしも、誰よりも特別な存在になれたと思い込まれて困っていた。
それが秘書室に女性を配置するうえでのネックになっていた。
だが忙しい部署だから、優秀なスタッフはひとりでも多い方がいい。そこで派遣社員を求めた。