敵将に拾われた声なき令嬢、異国の屋敷で静かに愛されていく
第五話
***


 冬の気配が薄れ、雪の下に芽吹いていた草花が顔を出し、春の兆しが見え始めたころに、ラスがふと教えてくれた。共同地となったスレイに監視所が設置され、ひとまず混乱はおさまったと──。長く続いた紛争の終わりが近づくとともに、春はもうすぐそこまでやってきていた。

 ティナは今日もラスに宛てた手紙を書いていた。ティナが屋敷へ来たころは、しばらく毎日のように朝食をともにしていたが、その回数も次第に減り、彼は早朝から出かけるようになった。マギーの話によれば、それが今までは当たり前だったようだ。彼は毎日早朝から騎士団員の訓練を指揮しているのだ。

 だから、ラスに会えない日は、手紙を書くようにしていた。内容はおもに、日々の暮らしをつづったもの。今日は珍しいフルーツをいただいたとか、このところ晴れの日が続いているとか、マギーとは仲良く過ごせているという、たわいのない日記のようなもの──。

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ラスフォード様へ


忙しい毎日、いかがお過ごしでしょうか?
私はあいかわらず、ラスフォード様がお出かけになる後ろ姿を頼もしく感じつつ、ご無事でと祈りながらお見送りしております。

このところ、春めいてまいりましたね。今朝は庭園に小さな黄緑色の鳥が来ていました。小さな足をはじかせて、ちょんちょんと歩く姿はとても可愛らしくて心がなごむようでした。

セレバルでは見たことのない鳥でしたが、マギーによりますと、自然豊かなルヴェランでも珍しい吉報を知らせる鳥なのだとか。

今日はいつもより良いことがありますよ、とマギーが言うものですから、何があるかしら、と楽しみに待っているところです。ラスフォード様がこの手紙を読まれるときは、今日いちにちが終わるころですね。何か良いことはありましたか?

それにしましても、本当に珍しい鳥だそうなので、ラスフォード様もごらんになりたかっただろうと思いまして、こうして筆を取っています──

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 ラスはいつもどんな気持ちで手紙を読んでいるのだろう。返事をもらったことがなく、ティナは彼の気持ちがわからなかった。しかし、自身が経験した何気ないひとときを彼と共有できるのではないかと思うと、自然と顔がほころんだ。

 最後に、フロレンティーナとサインを書き込み、羽ペンを置こうとしたそのとき、控えめなノックが響く。開く扉の方へと視線を移すと、羊皮紙を乗せた盆を持つマギーが部屋へ入ってくる。

「ティナ様、早速、朗報ですよ」

 ティナが首をかしげると、マギーはうれしそうに駆け寄ってくる。

「羊皮紙が残り少なくなってきたものですから、ライモンド様より街へ買いに行ってもかまわないとお許しをいただきました。今日はいつもより暖かいですし、一緒に行きませんか?」

 街へ出かけるのは、初めてのことだ。ティナが驚いてまばたきをすると、マギーは力強くうなずく。

「そうです。ティナ様もお出かけしましょう。街のことでしたら、このマギーにお任せください」

 胸を張るマギーとともに、早速ティナは身支度を整えた。藍色のドレスの上に茶色の防寒着を羽織り、編み込んだ金色の髪をフードで覆った。

 玄関ホールでは、ライモンドのほかに複数のメイドが待っていた。彼らは一様にティナへとお辞儀をする。

 この屋敷へラスがやってきたのは、ほんの二、三年前のことで、ここで働くのは、マギーより若いメイドばかりのようだった。

 身の回りの世話をしてくれる彼女たちの中には、朝が苦手でぼんやりしている子もいれば、手先が器用で裁縫が得意な子もいる。髪の色も背格好もそれぞれ違い、ティナはみんなの顔と名前を自然と覚えていた。

 ティナが好意を込めて、にこやかな笑顔を見せると、ふんわりと場がなごみ、ライモンドが話しかけてくる。

「フロレンティーナ様、本日はお出かけなさるには大変良いお天気でございますから、ほどよい気分転換になりますでしょう。マギーは城下町に詳しいですので、ご安心を。しかしながら、石畳にはまだ雪の残っているところもありますでしょう。どうぞ、お気をつけていってらっしゃいませ」

 ティナは玄関で待つ馬車に乗り、ライモンドたちに見送られて出発した。坂道の脇に残る雪を眺めながら下っていくと、やがて城下町がその姿を現した。
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