敵将に拾われた声なき令嬢、異国の屋敷で静かに愛されていく
第八話



 わずかな光が、閉じたまぶたの裏に差し込んでいた。

 まどろみの中で、ティナは手のひらに誰かのぬくもりを感じていた。あたたかくて、大きくて、けれどどこか不器用な──そんな手。

『ようやく……、声が戻ったんだな』

 意識が薄れる中に聞こえたラスの声に揺り起こされるようにまぶたをあげると、見慣れた天井が視界に入った。

「あ……」

 のどに手をあてると、かすかだが、声が漏れた。

 暖炉のある温かな部屋。窓辺に揺れる草木。すべて、見慣れた景色……。夢ではなかった。彼や、自身の声も、すべて現実だったのだ。

 ごくりとつばを飲み込み、「……だ、誰か」と声をあげると、すぐにマギーがやってきた。彼女は感涙するように、茶色の瞳に涙を浮かべている。

「あ……あの、ラスフォード様に手紙を書きたいのですが」

 ひとつひとつ確かめるように、声を発した。大丈夫。思うより、滑らかな声が出た。

「ティナ様、もちろんです。すぐにご用意いたします」

 ティナがゆっくりと身を起こすと、パッと表情を明るくするマギーが駆け寄ってくる。彼女は手早く、けれど優しく丁寧に髪をすかし、ドレスを着せてくれた。次に、机の上へ、羊皮紙と羽ペン、黒インクを用意し、ティナのために椅子を引いた。

「ありがとう、マギー」

 言葉で伝えるのは初めてで、どこか気恥ずかしいような気持ちになりながら、礼を言った。

「本当に……ティナ様、お声が」
「あまり、驚かないでください」
「申し訳ありません。でも、おうわさ通り、とてもお綺麗な声で、驚かずにはいられないです」
「うわさがあるのですか?」

 少々不安になりながら尋ねると、マギーはハッとする。

「ラス様が、ルヴェランの歌姫よりも美しいと褒めてらっしゃったので、つい……。あの、決して、うわさをしていたわけでは……」
「ラスフォード様が、そんなふうに……?」

 ティナはますます恥ずかしくなった。首筋が熱くなるのがわかって、そのままうつむいた。まさか、ラスが知らないところで、自身のうわさ話をしているなんて思いもよらなかった。

「朝食をご用意いたしますね」

 マギーはほほえましげに笑むと、すぐに部屋を出ていった。これでは、何か誤解されてしまう。すぐにティナは気を取り直し、羊皮紙に向かうと、羽ペンを手に取る。


_______


敬愛なるラスフォード様へ


昨夜は取り乱してしまい、すっかり私の要望をお伝えするのを忘れてしまいました。

ラスフォード様には命を助けてくださり、大変な感謝を感じているところでございますが、いつまでもこのお屋敷でお世話になっていてはいけないと考えているところです。

孤児院には、セレバルからやってきた孤児が預けられていると聞きました。ラスフォード様がセレバルに対して複雑な思いを抱えておられることは、昨夜のお話から想像できております。

私はセレバル出身の者として、ルヴェランに何か恩返しができないかと考えています。そこで、安直ではありますが、孤児院でお手伝いしたいと思っています。

簡単なことではないとわかってはいますが、私は生涯、セレバルに戻ることはありません。ですが、公爵の娘、モンレヴァル家の末裔としての名は、きっと最後まで私について回ることでしょう。穏やかに暮らすということは、到底叶わぬものだと思っています。

ですから、私に生きるすべを与えてはくださらないでしょうか?

さいわい、私は文字の読み書きを始め、裁縫もできますし、作法なども身につけております。

孤児院で暮らす子どもたちが立派な大人になる手助けをさせてはくれないでしょうか? ご迷惑でなければ、孤児院で暮らすこともお許しくださればと思っています。

私の母はとても穏やかで優しく、いつでも私を優しく受け止めてくださる、そんな方でした。そのような母に見習い、私が子どもたちに手を差し伸べられる機会を、どうかお与えくださいますよう。


ティナ

_______


 ティナは早速、羊皮紙を丸めると、朝食を運んできたマギーに託した。それから数分経っただろうか。はちみつ入りのフルーツティーを味わっていると、荒々しい足音が近づいてくるとともに扉が押し開かれ、ラスが髪を乱して部屋に飛び込んできた。
< 34 / 61 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop