敵将に拾われた声なき令嬢、異国の屋敷で静かに愛されていく
第十一話



 翌日、夜が明けるとともにラスは出ていったが、屋敷はいつもと様子が違った。ラスと入れ替わるようにして、聖ルヴェラン騎士団のマントを身につけた騎士たちがやってきたのだ。彼らは屋敷を見回り、警戒にあたっているようだった。しかし、昼過ぎになると、一斉に坂道を降りて帰っていった。

「何かあったのかしら……」

 二階の部屋から、その一部始終を眺め見ていたティナがぽつりとつぶやいたとき、部屋にマギーが姿を見せた。戸惑うような、複雑な表情で駆け寄ってくる彼女に、ティナが話しかける。

「いま、騎士団員の方々が帰られたみたい」
「はい、ティナ様。ラス様から伝令があったようです。昨日の件は解決したと、団員の方が教えてくださいました」
「本当ですか? あのメイドが見つかったのですね」

 思うよりもはやい解決に、すっかり驚いていると、マギーは言いにくそうに言葉を紡ぐ。

「……実は、川で見つかったと報告があったそうなんです」
「川……?」
「……関所近くを流れる川です。すでに息はなく、例のメイドを見たという使用人を立ち合わせ、間違いないと判断したようです」

 マギーは詳しく話さなかったが、ティナも状況をさっすることができた。あの娘は気の毒な結果になったが、ひとまず危険は去ったのだろう。

「ラスフォード様は?」
「すぐにこちらへお戻りになるとのこと。ティナ様が安心できるよう、屋敷の警備を整えてくださるそうです」
「では、しばらく屋敷にいてくださるのですね」

 ティナの胸は弾むように踊った。そのとき、扉の向こうを足早に通り過ぎていく力強い足音が聞こえた。

「お帰りになったようです。ティナ様、少々お待ちください。詳しい話を聞いてまいります」
「マギー、待って。私が行きます」
「しかし、ティナ様……」
「お礼を伝えたいだけですから。マギーはラスフォード様に何かお飲み物の用意を」

 そう頼むと、マギーは一礼してすぐに部屋を出ていった。ティナもまた、続くように廊下へ出ると、階段をのぼった。さらにその先にある扉に駆け寄ると、胸に手をあて、息を整えてからノックする。

「入れ」

 ラスの短い返事が聞こえて、ティナはそっと扉を押し開く。同時に、マントを外しながら振り返ったラスが、眉をぴくりと動かす。

「おかえりなさいませ。マギーから聞きました。騎士団のみなさんには、なんとお礼を言っていいものやら……」
「それをわざわざ言いにきたのか?」
「いけませんか?」

 首をかしげると、ラスは不服そうに唇を歪めたが、すぐに息をついた。

「屋敷内とはいえ、ひとりで出歩くのは感心しない。これからはマギーを連れてきなさい」
「怒っているんですか?」
「そう見えるか?」

 尋ねる先から笑顔がなく、淡々とこちらを凝視していることに、彼は気づいていないのだろうか。

「いつも、難しいお顔ばかりされているように見えます。そうさせているのは、私ですけれど……」

 ラスは嘆息する。

「何か勘違いしている」
「それは、ラスフォード様も同じではありませんか? 私はただ、お礼を伝えに。以前でしたら、お手紙を書いておりましたけれど、今はこうしてお話ができるのですから」
「……ティナの思いを咎めているのではない」
「では、何が気に入らないのですか?」
「別に……何も怒ってはいない」

 そうは言うが、やっぱり怒っているように見える。

 ラスは眉を寄せたまま、マントを椅子の背へ放り投げた。その、ひらひらと舞う黒い布越しに、山積みになった羊皮紙があった。

「あっ、……あれは」
「おい、ティナ……」

 ラスが止めるのも聞かず、ティナはすぐさま机に駆け寄ると、積まれた羊皮紙に手を伸ばす。

「私の手紙を大切に残していてくれてるのですね?」
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