有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜
九話〜初めての夜会〜
広間の扉の前までボニーに付き添って貰い、中へと入るとそこは別世界のようだった。
豪奢なシャンデリアが光り輝き、磨き上げられた大理石の床、豪華な飲み物や食事が振る舞われ、参加者は皆一様に眩しいくらい華やかだ。
以前、家庭教師先のモントブール侯爵家の屋敷の広間を覗いた事があるが比ではない。
(これが夜会……凄く、お金が掛かっていそうだわ……)
広間の装飾は兎も角、飲み物や料理だけでもフェーベル家の一ヶ月分相当ありそうだ。
それに毎日出される食事より更に増し増しで豪華に見える。
ただ残念なのは、コルセットの強烈な締め付けの所為で何も口に出来そうにない事だ。
取り敢えず広間の中を歩きながら周囲を観察していると、ふと遠目に女性達に囲まれている一応夫であるユーリウスを見つけた。
自分の隣に立つに相応しい〜なんちゃらと言っていた癖に、完全にエレノラの存在を無視している。
確かにエスコートすると言われた訳ではないし、別行動ではあるが夫婦で出席はしている。ただ距離感があり過ぎると思う、物理的に。
まあ広間という同じ空間にいる事には違いないが。
だが曲がりなりにも公爵令息なのにこんな態度を取るとは大人気ないを通り越して心配になってくる。
ブロンダン公爵は体裁の為に息子に妻をお金で買ったのに、その息子は新婚早々妻を蔑ろにしている。体裁は寧ろ悪くなる一方としか思えないのだが……。
そもそも今日は、貴方の一応妻のお披露目ですが? 愛人達とイチャついている場合ではないのでは? と言ってやりたい。まあそんな事を言った所で、彼ならきっと鼻で笑うだけだろう。
「エレノラ嬢、こんな所にいたのか」
「公爵様」
「そんな他人行儀な呼び方ではなく、お義父様と呼びなさい」
「え、はい、では……お義父様……」
「それより、今宵は一段と美しいな。義父として鼻が高い」
エレノラの姿を見つけた公爵のダミアンは、側に寄ると声を掛けてきた。
お酒が回っているのか昂揚した様子に見える。
そして夫不在の中、ダミアンに引っ張り回され「息子の妻です」とひたすら紹介をされ続けた。
(お金で買われた妻ですけど)
愛想笑いを浮かべながらそんな事を心の中で付け加えた。
そしてエレノラへ向けられた視線は決して好意的なものではなかった。
哀れみや好奇、まるで品定めでもするかのような嫌らしい目を向けられる。正直居心地の良いものではなかったが、これもお金の為だ。
そんな中、肝心の夫のユーリウスがいなくても誰も気にした様子はない。本来は夫婦揃って挨拶回りをするのが当然なので、妙な空気になってもおかしくないのだが、不自然な程誰も何も気にしていない。その為、寧ろこの状況が普通だとすら思えてくる。
所謂これが権力なのかと身を持って実感をした。
「義姉さん」
ようやくダミアンから解放されたエレノラが壁際で休憩をしていると、聞き慣れた声が聞こえた。
「ロベルト様」
「父さんに引き摺り回されて、大変そうだったね」
「えっと、そのような事は決して……」
なくはないが、そんな事を正直に言える筈はないので取り敢えず笑って誤魔化すしかない。
「ふ〜ん」
「なんですか?」
頭のてっぺんからつま先まで眺めるロベルトに、顔が引き攣りそうになる。
また芋っぽいとでも言うつもりか……。
「今日は凄く綺麗だね」
「それは、ありがとうございます」
ユーリウス共々躾のなっていない犬のような彼でも、お世辞くらいは言えるのかと感心をする。
「お世話じゃなくて本心だから」
「分かりました」
「嘘じゃないって」
「分かりました」
「本当、つれないね」
少しつまらなそうに唇を尖らせる様子が、どうしても犬にしか見えず思わず苦笑した。
「ロベルト様! こちらにいらしたのですか⁉︎」
ロベルトと暫し雑談をしていると、突如背後から少し怒気を孕んだ女性の声が聞こえてきた。
振り返るとそこには、悪魔のような恐ろしい形相をした令嬢が立っており目を見張る。
「先程、リリー様とご一緒の所をお見掛け致しましたが、一体どういう事かご説明下さい!」
「うわ、ナタリー⁉︎ なんでいるの⁉︎ 確か今夜は参加出来ないって、じゃなくて、違うんだよ」
「何が違うのですか⁉︎ リリー様とはもうお会いしないと仰ってたのに酷いですわ!」
「いや、だから、それはーー」
急に修羅場が始まり暫く黙って聞いていたが、どうやらロベルトは浮気をしているらしい。
ただこのナタリーという令嬢は、ロベルトの婚約者という訳ではなく恋人みたいだが。
(流石兄弟、クズだわ)
ロベルトもまた、少なくても二人以上の女性と関係があるという事だろう。
心底馬鹿馬鹿しいと思いながら、巻き込まれない内にさっさとその場から離れる事にする。
「あ、ちょっと、義姉さん⁉︎ どこ行くんだよ⁉︎ 助けてよ〜」
背中越しに引き止めらるが、聞こえないフリをして歩調を速めた。