有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜
百話〜結婚式〜
純白のドレスと背丈より長いベール、頭上には銀色に輝くティアラーー丁寧に編み込み纏め上げられた髪、上品に施された化粧、極限まで締め上げられたウェストに爪の先まで磨き上げられた。まるで自分ではないみたいだ。
控え室を出る間際、姿見で確認をして少し照れてしまった。
(ユーリウス様、なんて仰るかしら)
これなら流石にもう芋娘とは言われないと思う。まあ馬子にも衣装といった所だろうかと思いながらも期待に胸が膨らんだ。
大聖堂には多くの参列者達の姿があった。
祭壇へ真っ直ぐに敷かれている赤いカーペットをゆっくりと父と歩いて行く。
少し緊張をしていたが、途中クロエの姿を見つけ、更に彼女の肩にはミルが乗りこちらに向かって一生懸命に手を振ってくれていた。その事に思わず笑みが溢れる。
暫くすると今度は弟達の姿を見つけた。
そして最前列には王族であるアンセイムの姿があった。彼はいつも通り爽やかな笑みを浮かべている。少し気不味さを覚えるが、今は挙式中なのだから余計な事は考えない方がいいと視線を逸らした。
「エレノラ」
祭壇の前で足を止め父の腕から手を放した。するとユーリウスが流れるような所作で手を差し出す。
瞬間、ステンドグラスの光を背にした彼に目を奪われた。
元々端麗な顔立ちをしているがこれまで特別気にした事はなかった。だが今は彼の事しか考えられないくらいに見惚れている。
(ユーリウス様って、こんなに素敵だったかしら……)
これは妻としての贔屓目? それともいつもよりも気合いの入った正装の所為? いやこの場面や状況がそのように演出しているのかも知れない。
なんにせよ、彼に惹かれていた女性達の気持ちが少し分かるような気がして複雑な思いに駆られる。
好き”かも”知れないと彼に言ったが、”かも”ではなく私は彼が”好き”だ、そう実感した。
「綺麗だ」
その手を取るとそのまま身体を引き寄せられ耳元で囁かれる。
「この聖堂の、いやこの世で一番綺麗だ」
お世辞だ、馬子にも衣装だと頭の中で思いながらも胸が高鳴り嬉しくなってしまう。
司祭が誓いの言葉を述べ始めるが全く頭に入らない。
「ーーその健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、 悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、 これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、 真心を尽くすことを誓いますか」
「誓います」
「では誓いの口付けを」
司祭の言葉にエレノラとユーリウスは向き合う。そして彼がベールを捲り上げると今日初めて目が合った。
大きな手が頬に触れるとゆっくりと彼の顔が近付いてくる。
昨夜は額に額が触れただけだったが、遂にキスをするんだと思うと胸が早鐘のように脈打つ。エレノラはは緊張の余りただ硬直する事しか出来ないでいた。
ユーリウスからは余裕すら感じるのに、自分だけ動揺し過ぎて情けない……。
こんな事ならファーストキスくらい済ませておけば良かった! と後悔をする。
「っ…………んっ」
彼の柔らかな唇がエレノラのそれに重なった。直ぐに離れるかと思ったがやけにながい。そう考えた瞬間、唇を彼の舌がこじ開け滑り込ませてきた。そして何度か舌と舌を絡ませるとようやく離れていった。
祝福の言葉や歓声が上がる中を、ユーリウスと腕を組み聖堂の扉へ向かいゆっくりと歩いて行く。
扉が開かれた瞬間、空から降り注ぐ日差しに思わず目を細めた。
辺りに鐘の音が響き渡り、心地よい風にふわりと花弁が舞う。抜けるような青空はまるでこの結婚を祝福してくれているように感じた。
ふと幼い頃から今日までの日々がよみがえる。
もし母が生きていたら笑って「よく頑張りました」と言って褒めてくれるだろうか。
「え、ユーリウス様⁉︎」
「暴れるな、落としてしまう」
急に身体が宙に浮いたと思った時には既に彼に横抱きにされていた。
皆が見ているのに恥ずかしいと慌てて下りようとするが、放して貰えず断念をした。
「エレノラ、君は十分過ぎるくらい頑張ってきた。これから私が君を支える。だからもう一人で頑張らなくていい」
「っーー」
彼からの不意打ちの言葉に驚き上手く笑えない。
胸がいっぱいになり、嬉しいのに泣きたい気分になり不思議だった。
「ユーリウス様も一人じゃないですよ」
「ああ、そうだな。君がいる」
瞬間、目を見張るユーリウスだが直ぐに穏やかに笑んだ。
挙式後には、ブロンダン家へと移動して本邸で宴を催す事になっている。
国王夫妻は流石に参加はしないので、聖堂前で帰城する国王夫妻や他の参加しない人々の見送りをした。
「結婚おめでとう」
「心よりお祝い申し上げます」
宴が始まり先ず始めに挨拶をしたのは、この中で最も身分が高い王太子夫妻だ。
笑みを浮かべているアンセイムの隣には華やかで目鼻立ちがはっきりとした美女の姿があった。王太子妃だ。
暫し適当な言葉を交わす中、彼女は時折りアンセイムを気遣う素振りを見せる。品があり話し方も丁寧でとても好感が持てた。
以前アンセイムは夫婦仲が冷え切っていると話していたが信じられない。
「仲睦まじく見えるのに……」
王太子夫妻の元を立ち去った後、思わず心の声がダダ漏れた。慌てて口元を押さえる。
「やはり気になるのか?」
不安気にこちらを見るユーリウスに首を横に振って見せた。
「いえ、気になるといいますか、ただ王太子妃殿下がとても素敵な方だったので意外で……」
「夫婦には他人には理解出来ないこともある」
「そうですね」
きっと実母と実父の事を考えているのだと分かり、少し切なくなってしまった。
「本当にありがとう」
ブロンダン公爵夫妻に挨拶に行くと、エレノラは公爵から何度もお礼を言われた。
久々に顔を合わせたが、以前とは少し雰囲気が変わったように思える。上手くいえないが少し穏やかになった気がした。
「イネス、息子の晴れの日だというのに祝いの言葉一つ掛けられないのか」
そんな風に思った矢先、公爵の鋭い視線が夫人に突き刺さる。
「……おめでとう、ございます」
ずっと黙り込んでいた夫人は気不味そうに呟いた。
その光景に目を丸くする。何故ならエレノラの想像していた人物とはかけ離れていたからだ。もっと気位が高く性悪そうな女性を想像していた。
「エレノラ嬢、息子を頼む」
公爵から頭を下げられ慌てて声を掛けようとするが「では父上、私達はこれで失礼致します」とユーリウスが先に口を開く。
そしてそのまま彼に手を引かれその場を後にした。
複雑そうな横顔を見たエレノラは彼にピッタリと身体を寄せた。
その後も広間中を周り、招待客に挨拶をして回った。
「ユーリウスが骨抜きになるのが分かる可愛さだ」
「セルジュ、今直ぐその軽率な口を閉じろ」
モントブール侯爵令息夫妻との挨拶で、新たなユーリウスの一面を知った。
友人と話す時は少年のようだと笑ってしまった。
「あ、義姉さん! ちょっと待って! 助けてよ! この際兄さんでもいいから!」
ロベルトを見つけるが、なにやらお取り込み中のようだ。ユーリウスは歩みを遅める事なく、エレノラの手を引いて素通りをする。
「兄君も挙式をされた事ですし、そろそろ私と結婚して下さい!」
「あらやだ、ロベルト様と結婚するのは私よ!」
二人の女性に挟まれて揉みくちゃにされているのが見え苦笑した。
「お義父上、手紙でもお伝え致しましたが、フェーベル家の再建にあたりこれからは私の意向に従って頂きます。そしてこれまでの下らない思想は捨てて頂きたい」
「ユーリウス様⁉︎」
父や弟達と対面し和やかに話をしていたが、不意にユーリウスがそんな事を言い出した。確かに再建するならば彼の意向に従う事にはなるが、流石に言い方というものがある。
「エレノラ、君も本当は分かっているだろう? 善意だけでは生きてはいけない。物事には優先順位がある。己や家族を犠牲にしてまで善意を尽くすのは愚行としかいえない。それでも尚善行を成すというのならばーー伯爵、貴方一人ですべきだ。自分の思想に子を巻き込むな」
止めなくてはと思うのに言葉が出なかった。
否定しなくてはならないのに、彼の言葉が胸にストンと落ちた気がした。
父を見れば目を見張り、同じく言葉が出ない様子だった。
「エレノラ……すまなかった」
ようやく絞り出したであろう父の声はかすれていた。
先程までユーリウスに喰ってかかっていたオーブリーも、ニコニコとして話していたリュシアンも困惑している。
「また日を改めてお話し致しましょう。本日はこれで失礼致します。行こう、エレノラ」
「はい……」
呆然と立ち尽くす父達を残して、エレノラ達は立ち去った。