有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜
百三話〜父と娘〜
もうお昼過ぎだがエレノラは朝食を食べている。
結局あの後、ユーリウスが離してくれないので二人でベッドで抱き合っていた。
ダラダラするのに罪悪感を覚えたが、身体が重怠いので今日だけは特別だ。それにたまにはこういうのも悪くない。
「食欲がないのか?」
「あまりお腹が空いていなくて……」
昨日は結婚式の後の宴でも殆ど食べ物を口にする暇はなかったし、そもそもウェストを締め過ぎて食べられる気がしなかった。なのでお腹は空いている筈なのだが何故か食欲がない。
「それなら果物はどうだ?」
「そうですね、それくらいなら」
「私が食べさせてやろう」
「え……」
ユーリウスは果物の載った皿に手を伸ばすと、ブルーベリーを一粒摘みエレノラの口元へ運ぶ。
予想外の行動に思わず目を丸くした。
「あ、あの、自分で食べられます!」
「遠慮はするな。私が疲れさせてしまったのだから介抱くらいさせてくれ」
「ユーリウス様っ、そういう事は言わないで下さい!」
側で控えているスチュアートやボニー達は満面の笑みでこちらを見ている。それがもう凄く恥ずかしい。穴があったら入りたい……。
シュウ!
その時、一緒に食事をしていたミルが近付いてきた。
因みに昨夜はボニーと一緒に寝ていた。流石にミルにはあんな恥ずかしい光景は見せられないので、預けて正解だった。
「あらミル、どうしたの?」
手元を見れば同じくブルーベリーを持っていた。そしてそれを差し出す。
「ありがとう、私にくれるの?」
シュウ!
しかも食べさせてくれた。
ミルの気遣いに心が温かくなる。
「エレノラ、葡萄を……」
ユーリウスが今度は葡萄を一粒取るとまた食べさせようとしてきたが、ミルが目にも止まらぬ速さで自分の皿から葡萄をまた一粒持ってくると食べさせてくれた。
「ありがとう、ミル」
シュウ!
お礼を言って頭を撫でると嬉しそうに鳴いた。
「それならこのチェリーを……」
ユーリウスの言葉に反応したミルは、先程と同様に俊敏な動きで皿とエレノラの間を往復する。
「いやイチゴ……このラズベリーを……」
ミルは次々にユーリウスが手にする果物をエレノラへと運んできては食べさせてくれた。
その光景に呆然としていたユーリウスだったが、突然鼻を鳴らした。
「これなら君にはどうする事も出来ないだろう」
シュウ⁉︎
そう言いながら鼻高々にオレンジを一個掴んだ。そしてそれを丁寧に剥いていく。
「さあエレノラ、待たせたな」
(別に待っていた訳じゃないけど……)
ただ彼の気持ちは素直に嬉しい。
ユーリウスは勝ち誇った笑みを浮かべながら、今度こそエレノラに食べさせたーーかと思ったが、ミルがそれを奪い取り高速でオレンジを全て平らげてしまった。
「な、なにをするんだ」
シュウ‼︎
ユーリウスは怒るが、ミルはそっぽを向くと定位置に戻って行った。
「ユーリウス様、すみません。ですがミルも悪気があった訳ではないと思うんです」
恐らく疲れているエレノラを労おうとしてくれただけだろう。
「あ、いや、私もムキになり大人気なかった……」
しゅんとなるユーリウスに、今度はエレノラがオレンジを剥いてあげると大袈裟に喜び、まるで子供みたいな彼に笑ってしまった。
遅い朝食を終えた後、暫くして父や弟達が屋敷を訪ねて来た。話を聞けばどうやらユーリウスが父達を招いたらしい。
因みに父達はブロンダン家の別邸に数日滞在する事となっている。
「本日はお呼びたてして申し訳ありません。そちらへお掛け下さい」
応接間にて対面をした。
ソファーに向かい合い座ると、先ずはユーリウスが口を開く。
「昨日は遠路遥々結婚式にご参列頂きありがとうございました。宿泊された屋敷でご不便などはございませんでしたか? 必要な物は屋敷の者に申し付けて頂ければ可能な限り対応させて頂きます。またーー」
簡単な挨拶や世間話を穏やかに話す様子に、昨日のような不穏な空気はなく安堵した。
暫しユーリウスと父とのやり取りを見守っていたが、話が一区切りついたところで今度はエレノラが口を開いた。
「お父様にお話があります」
居住まいを正し真っ直ぐに父を見据えた。
父は穏やかに笑みを浮かべながらも、少し戸惑っているように見える。
思えばこんな風に確りと向き合って真剣に話しをした事はなかったかも知れない。
今その事を後悔している。
家族を支えるのならばお金を稼ぐ前に、先ずは父と向き合って話をすべきだった。
ただ幼かった自分はその事に気付かないままただがむしゃらに生きてきた。
(それではダメだったのにね……)
「オーブリーやリュシアンも、今から私が話す事を確りと聞いて欲しいの」
弟達に視線を向けると、二人はやはり戸惑った様子で頷いた。
「お父様、昨日ユーリウス様が仰っていた意向と私は同じ意見です。弱者に手を差し伸べる事は確かに正しい行いです。ですが、お父様にはその前に守らなくてはならない存在がいる事を忘れないで下さい。お父様が先ず大切にすべきは家族ではないですか? フェーベル家に仕えてくれている使用人達ではないですか? 身近な人達に苦労を掛けてまでする善行は、本当に正しいですか? でもお父様だけが悪い訳ではありません。お父様を止める事をしてこなかった私にも責任があります。だから……」
これまで築いてきた家族の形が変わってしまう事が少し怖い。だが自分なりに答えを出した。
「お父様、私は変わります。これからはお父様の娘ではなくユーリウス様の妻として生きていきます。ですからどうかお父様も変わって下さい。貴方の娘からの最初で最後のお願いです」
どこまで父が理解してくれるかは分からない。だが言うべき事を言えたと胸を撫で下ろした。
膝の上で拳を握り締めるとユーリウスの手がそれを包み込む。
驚いて彼を見ると、よく言ったとばかりに笑んでくれた。
「昨日、ユーリウス殿からの言葉を受けてあれからずっと考えていた。そして今日、君の思いを聞いて自分が情けなくなったよ。私は酷い父親だ。私は、ブランシュが亡くなった喪失感を埋めるように人助けを始めた。彼女はいつも困っている人に手を差し伸べていたから、きっと彼女も喜んでくれる筈だと思ってしまった。だが幼い君達の方が母を亡くして余程辛かっただろうに……それなのに私は自分の事ばかりっ」
俯く父の顔は見えないが、声からして泣いている事が分かった。
リュシアンがそっと父にハンカチを差し出す。
涙を拭い顔を上げた父と目が合い、胸が痛んだ。
「エレノラ……私は君に随分と我慢を強いてきていたんだね。まだ幼かった君に甘えて頼りきりになり、私は父親失格だ。すまなかった、エレノラ、すまない……」
震える手で拳を握り締めながら父は頭を下げ続けた。