有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜

十話〜すみれ色の瞳〜



「っ! 申し訳ありません!」

 避難出来そうな場所を探していると、人が多く歩き辛い事もあり人とぶつかってしまった。
 
「おっと、大丈夫かい? 怪我はしていないかな?」

「は、はい、大丈夫です」

 蹌踉めいたエレノラの身体を支えてくれた男性は心配そうに声を掛けてくれる。
 反射的に見上げると、サラリとした金色の髪とすみれ色の瞳と目が合った。

(すみれ色の瞳……)

「おや、君のその瞳の色……」

(お母様以外で同じ瞳の色の人と出会うのは初めてだわ)

 目を丸くしていると、彼も少し驚いた様子で凝視してくる。そしてーー

「同じですね」

「同じだ」

 声が重なり顔を見合わせたまま思わずお互いに吹き出し笑ってしまう。

「僕とした事が、こんなに美しいレディーの前で醜態を晒してしまうとは、失敬」

「い、いえ! 私こそ失礼しました……」

 ロベルトの時と同じでお世話だと分かっているが、何故か恥ずかしくなり少し顔が熱くなるように感じた。

「そうだ、良かったら君の名前を伺ってもいいかな」

「私はエレノラ・ブロンダンと申します」

「ブロンダン? それじゃあ、もしかして君がユーリウスと結婚した令嬢なのか」

「はい。あの貴方は……」

「僕はアンセイム・グラニエだ」

(アンセイム・グラニエってーー)

「え、あの! 王太子殿下ですか⁉︎」

 その瞬間、目を見張り声が裏返った。
 更にエレノラは慌てて姿勢を正した。
 王族など雲の上の存在で見た事もなかったが、貴族の端くれでも流石に名前くらいは知っている。
 改めてアンセイムへ視線を向けた。
 白い肌と金色の短髪、スラリとした身体にすみれ色の瞳ーー歳は二十代後半から三十代前半くらいだろうか。
 穏やかに微笑む姿は、エレノラのイメージする正に紳士そのものだ。

「はは、そうだけど、そんなに驚かなくても。実は仕事をどうにか終わらせてきたばかりなんだ。あのユーリウスの妻になった女性をどうしても一目見たくてね。それで、ユーリウスとは一緒ではないのかい?」

「あー……それは……」

 一緒所か、遠目で確認しただけで今日は対面すらしていない。そもそも彼と顔を合わせたのはたったの二回しかない。それも、エレノラが嫁いで来た日に一時間、先日わざわざ文句を言いに部屋を訪ねて来た数分のみだ。

「なるほど」

 言い淀んでいると、人混みの隙間からユーリウスの姿を見つけたアンセイムは、何かを察したらしく軽くため息を吐いた。

「一体どのような経緯で結婚したのかは知らないが、やはり妻を迎えたくらいではあの悪い癖は治らないみたいだ。ようやく結婚出来たのかと喜んでいたんだが……」

 お金に釣られて結婚しました……とは流石に言えない。

「知っているとは思うが、ユーリウスは僕の有能な側近でね。家柄、眉目秀麗、文武両道と全て完璧な人間だが、唯一の欠点は異性にだらしない所だ」

(唯一? 性格も頗る悪そうですけど……?)

 とはやはり言えないので大人しく黙って聞いて置く事にする。

「擁護する訳ではないが、存外悪い奴ではない。その一点を除けばな。君の立場を思えば辛いとは思う。ただ見放さないでやって欲しい」

「見放すなど考えられません。それに全く気にしていませんので大丈夫です! え、あのっ」

 満面の笑みを浮かべそう言うと、何故かアンセイムに右手を両手で握られた。

「君は素晴らしい女性(ひと)だ」

 ただ正直な気持ちを言っただけなのに、何故かアンセイムは感激したみたいだ。
 見放すなどあり得ない、少なくても謝礼金を貰うまでは……絶対にしがみ付いてやる! それにあんなクズ男に興味など皆無なので全く気にならない。

「本心では辛かろうに、それでも気丈に振る舞うなどまさに淑女の鑑だ。僕でよければ、いつでも相談にのろう」

 よく分からないが、王太子の中でエレノラの株が結構上がった。
 そして彼は公爵に挨拶に行くと言って去って行った。
 
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