有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜
十一話〜ボス猿とお芋様〜
意図的なのだろうか。
先程まで常に距離があった筈のユーリアスご一行は、何故かエレノラへと向かって来た。
エレノラの前に立ち塞がるユーリアス達に、呆気に取られる。
正に今、戦闘でも始まりそうな雰囲気だ。
そしてボニー達が言っていた意味を理解した。
「ご機嫌よう、貴女がユーリウス様の奥様ですの?」
先陣を切ったのは、長い波打つ金髪の緑の瞳の女性だ。
「初めまして、ユーリウス・ブロンダンの妻のエレノラと申します」
自己紹介をしただけだが、余程可笑しかったのか彼を取り囲む令嬢達(愛人と思われる)は一斉に笑い声を上げた。
聞かれたから答えただけなのに失礼過ぎる。
「ねぇ、皆様、ユーリウス様の奥様ですって。お聞きになりまして?」
ユーリウスの隣を陣取る金髪の令嬢が声を掛けると、また一斉に笑い声を上げる。その様子から、恐らく彼女がこの集団のリーダーなのだろう。
確か昔読んだ本の記述に猿山のボスなるものがあった。失礼だが、まさにその猿のボスのようだと思ってしまった。
猿という動物は図鑑でしか見た事はないが、鳴き声はキーキーと鳴くという。
「私をご存知かしら?」
「いえ……」
初対面で知る筈もないのに、何故か意味のない質問をしてくる。変わった人だ。
「ふふ、気になるでしょう?」
「いえ……」
「それなら教えて差し上げますわ。私はフラヴィ・ドニエ。あのドニエ家の次女ですの」
聞きたくもないのに勝手に話を進める。
夫の愛人からの自己紹介など、絶対に面倒になりそうな予感しかしないので、関わりたくなかったのだが……。
しかも”あの”と言われても、貴族社会に疎いエレノラには通じない。ただ一つ分かった事がある。
(これ程自信満々なのだから、きっとかなりのお金持の家なのね。ドレスも高そうだし、やたらと宝石を付けているし、羨ましい……)
きっと彼女はお金持ちだ、以上。
「あの、それで私に何かご用でしょうか?」
一体何がそんなに楽しいのだろう。
フラヴィ達は終始「ふふ」「うふふ」とずっと笑っている。
やはり夜会は面白くもないのにひたすら微笑んでいなくてはならない我慢大会だと実感した。
「あら、随分と余裕がおありですのね。妻気取りですの?」
「気取りではなく妻です」
(とっても不本意だけど……)
「なっ……」
事実を伝えると、猿山のボスもといフラヴィは何故か目を見開き唇を振るわせる。
何か間違った事でも言ってしまっただろうか……。
「少しウエストが細いからって、調子に乗っていらっしゃるのかしら?」
何故か話はウエストの話となった。
「聞いていらっしゃるのかしら、お芋様?」
「え……」
聞き間違えでなければ、今確かに”お芋様”と言われたように聞こえた。
「あら、失礼致しました。ユーリウス様が、貴女の事を芋っぽいと仰っておりましたので、てっきりそのようにお呼びしたら喜ばれるかと思っただけですの」
芋っぽいとは例えであって芋その物の事ではないのだが……。
教えてあげた方がいいのか悩んでいると、ずっと黙り込んでいたユーリウスが口を開いた。
「フラヴィ、もう止めろ。これ以上、相手にする必要はない。行こう」
向こうからやってきたのに、何故かそんな捨て台詞を吐いて去って行く。
今にも飛び付いてきそうな勢いのフレヴィの肩を抱き寄せたユーリウスはこちらに冷たい視線を向けるとさっさと踵を返す。
その他の令嬢達もそれに続いて去って行った。
(嵐が去った……)
暫し呆気に取られるが、我に返ると遠巻きに人集りが出来ていた。
割と図太い神経の持ち主ではあるが、流石に居た堪れなくなりエレノラも早々にその場を離れた。