有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜
十二話〜噂話〜
夜会から無事帰還したエレノラを、エントランスで待ち構えていたボニー達が出迎えてくれた。
簡単に夜会での出来事を説明すると、ボニー達は皆エレノラを賞賛し歓喜する。
「流石若奥様、素晴らしいです」
「若奥様なら、絶対に返り討ちになさると信じておりました」
「是非祝杯を上げましょう!」
「直ぐに準備致しますね!」
ボニー達の勢いに押されながら食堂へと連れて行かれ、一時間程彼女達と祝杯を上げた。
終始楽しそうにしているボニー達侍女の様子に一つ分かった事がある。それは、如何にユーリウスが嫌われているかという事だ。
肩書きや容姿が良いので随分と女性から人気があるようだが、常識的な人からすればただのクズ男にしか思えないのだろう。まして、ボニー達は平民出身者ばかりなので余計だ。貴族は政略結婚が多い為か、浮気をする人間は珍しくない。だが平民は恋愛結婚が普通なので、浮気は許せない人が多いようだ。
まあどちらにせよ、エレノラは興味がないのでどうでもいい。お金さえ貰えれば後はお好きにして下さいと思う。
それから数日後ーー
今日はよく晴れて風も心地いいので庭でお茶をしながら資料を眺めていると、ロベルトがやってきて許可もなく向かい側に座った。
「やあ、義姉さん、久しぶり」
夜会の後からロベルトは珍しくエレノラの元を訪ねて来る事はなかった。なのでとても平穏に過ごしていたのだが、それも今し方終わってしまった。
「お久しぶりです」
「そうだ、義姉さん、聞いてくれる? 夜会で義姉さんに見捨てられた後、ナタリーから逃げるのが大変でさ〜」
恨みがましく見てくるが、自業自得なので知らないフリをする。
「しかもその翌日、ナタリーがリリーの屋敷に乗り込みに行っちゃって……二人とも大喧嘩してさ、どうにかその場を収めたと思ったら、その後ナタリーと立ち寄った宝石商でクリスティーナと出会してまた修羅場だよ」
聞くとは一言も言っていないのに、ロベルトは勝手にペラペラと話し始めた。
興味は皆無だがこの距離だ、聞きたくなくても耳に入ってしまう。
(それにしても、クリスティーナって誰かしら……)
二人と付き合っているだけでも最低なのに、更にまた増えている。
彼の兄も然る事ながら、弟も中々にクズを極めていそうだ。
二人の父である公爵も元愛人を妻にしている時点で同類と思われる。血は争えないと呆れながら、今更ながらにお金の為といえ、とんでもない家に嫁いで来てしまったと身に染みた。
「ーーそういえば義姉さん、社交界で噂になってるよ」
暫く話してスッキリしたのか、ロベルトは別の話題を持ち出してきた。
「え、噂って私の事ですか? どうして……」
「ほら夜会で、フラヴィ達と対決してただろう?」
(対決って大袈裟な……)
確かに攻撃的な雰囲気は感じたが、別に物理的に攻防戦を繰り広げた訳ではない。
「あんな風に反撃するの、義姉さんくらいだよ。それにお芋様ってセンス抜群だね」
「流石に失礼です」
「でも、僕は可愛くて好きだな、お芋様呼び」
フォローしたいのか馬鹿にしたいのか分からないとため息を吐いた。
だがそれよりも気になる事がある。
「それより見ていたなら、助けて下さい!」
正直、ロベルトがあの場で割って入ってきた所で余計に面倒ごとになっていた可能性はある。ただ味方が誰もいない中で、多少心細さも感じた。
「ごめん、ごめん。でも義姉さんだって、可愛い義弟を見捨てた癖に」
「それは、そうですけど……」
事実ではあるが、どこか納得がいかない。
ロベルトの場合は自業自得だが、エレノラは巻き込まれたのだ。一緒にしないで欲しい。
「それに義姉さん、面白過ぎるからさ〜。だってあのフレヴィを負かせるなんて中々出来ないよ? それとあの時の兄さんの顔、傑作だった」
その言葉にあの時のユーリウスの顔を思い浮かべるが、確かエレノラを冷たく睨み付けていた。ただそれの何処が傑作だというのか分からない。
「兄さんっていつも澄ましているだろう? あんな風に人前で苦虫を噛み潰したような顔なんて滅多にしないから超貴重なんだよ」
いつもと言われても殆ど顔を合わせていないので分からないが、少なくてもエレノラと会話した時は思いっきり不機嫌さが丸出しだった。取り繕おうとした様子も微塵もない。という事は……。
(もはや、私、人扱いされていないって事⁉︎ 流石にそれは酷過ぎない⁉︎ 私だって頑張って生きているのに……)
要するに取り繕う必要もない存在=人外、いや彼からしたら道端に落ちているゴミくらいの感覚なのかも知れない。
(確かに初対面で芋っぽいって言われたけど、まさか本当に読んで字の如くとは誰も思わないでしょう⁉︎)
きっとお金持ちの彼にとっては芋などゴミ同然……貧乏な生家では日持ちもするし色んな料理に使えるからと重宝しているのに。
「義姉さん、流石の兄さんでも人をゴミ扱いはしないから大丈夫だよ。飛躍し過ぎ」
「え……」
「心の声が駄々漏れだよ」
「っ‼︎」
「本当に面白いね。一緒にいると飽きないし、義姉さんが嫁いできてから毎日楽しいよ」
何か反論しなくてはと思うが、恥ずかし過ぎて思考は停止した。
「ロベルト様、こちらお返しします」
散々揶揄われた後、エレノラは大切な事を思い出して侍女に声を掛けた。
エレノラの部屋から程なくして侍女が持ってきたのはハンカチだった。
そのハンカチに包まれていた例のダイアモンドを取り出すと、ロベルトへと差し出すが彼は受け取りを拒否する。
「それはミルにあげた物だよ」
「ダメです! こんな高価な物、頂けません!」
「ミル〜プレゼントだよ。ほら、ミルも喜んでる」
シュウ〜‼︎
ロベルトはダイヤモンドを指で摘み上げると、テーブルの上で寝転んでいたミルの前に置いた。するとミルは弾かれたように起き上がり、すかさずダイヤモンドにぎゅっと抱き付く。完全に虜になっている……。
「ロベルト様! 勝手に与えないで下さいと言いましたよね?」
「まあまあ、怒らないでよ。今度は義姉さんにもちゃんと持ってきてあげるからさ」
「結構です!」
どうやら羨ましがっていると思ったらしく、頭を撫でられ何故かエレノラが窘めれる状況になっていた。