有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜

十五話〜芋娘の本性〜



「よお、ユーリウス」

 王太子からの書類を国王へ届けた帰り、城内の廊下で声を掛けられた。
 声の方へ視線を向ければ長身の青年が立っていた。

「セルジュか」

「聞いたぞ、結婚したんだってな」

 彼の名はセルジュ・モントブール。
 長身で筋骨逞しく、緑の瞳と金髪の長い髪は後ろで一つに纏めらている。
 侯爵家の嫡男で、ユーリウスとは昔からの友人だ。

「俺が少し留守にしている間に、まさか結婚しているなんて驚いた。おめでとうで構わないか?」

「めでたくなんてない」

「はは、やっぱりそんな感じか」

 現在セルジュはモントブールを継ぐ為に、父親に付いて色々と学んでいる。
 最近では、大事な商談があると父親に連れられ他国へと行っていた。

「それで、いつ戻ったんだ?」

「昨日の夜だ。今日は父が城に用事があるって言うから付いてきた。もしかしたら、お前に会えるかもと思ってな」

 ニヤニヤと笑う様子から察するに、結婚の経緯を聞きたくて仕方がないのだろう。

「何時に終わる?」

「今日は順調にいけば、十八時には上がれる」

「よし、なら十九時にいつもの場所で落ち合おう!」

 まだ行くとも返事をしていないのに、勝手に決めるとセルジュは背中越しに手を振り去って行った。


 街の中心部に位置する貴族専門の酒場に、仕事が終わった後ユーリウスは向かった。
 店内は貴族しか出入り出来ない事もあり、洗練された空間となっており落ち着いた雰囲気だ。
 昔からセルジュと話をする時は、暗黙の了解でこの場所と決まっている。
 
「いらっしゃいませ、ユーリウス様。ご案内致します」

 出迎えた顔馴染みの店員に店の奥へと案内される。
 この先は個室であり、特別な人間しか使用する事は出来ない部屋だ。

「待たせた」

「お疲れ」

 部屋に入ると既にセルジュが酒を飲んでいたらしく顔が少し赤く見える。
 ユーリウスが席に着くと、店員がテーブルにいつもユーリウスが好んで飲んでいるワインや食事を手早く並べると退出をした。

「取り敢えず乾杯だな。ユーリウスの結婚を祝して乾杯!」

 気乗りしないが、渋々乾杯に付き合いグラスを手にした。


「それで奥方はどんな人なんだ?」

「……」

「なんだよ、その顔は」

 頭の中にあの芋っぽい姿が浮かぶ。
 これまでユーリウスの周りには、華やかでお淑やかな女性ばかりで、あのような地味でガサツな女性はいなかった。

(まあ、夜会の時は存外悪くはなかったが……)

 それなりに着飾ればマシにはなった。
 だがあのお淑やかさと掛け離れた性格を矯正するのは難しいだろう。なにしろ、兎に角図太い。

 夜会で流石に悪目立ちし過ぎたと思った矢先、父から屋敷には毎日帰るようにと叱責を受けた。これまでは比較的干渉をしてこなかった父が、結婚後は少し口煩くなったように思う。
 仕方なく帰る事にしたのだが、折角帰ってやっているにも拘らず、出迎えもしなければ見送りもしない。
 確かにユーリウスは朝は早く、夜は女性と過ごしてから帰宅するのでかなり遅くはなるが、少しは妻らしく振る舞おうとは思わないのかと呆れた。
 ユーリウスにまるで関心を示さない彼女になんとなく腹が立ち妙案を思いついた。そして翌日の夜、フラヴィを伴い帰宅した。
 流石に女性を屋敷に連れ込めば気になって文句の一つでも言うに違いない。
 それからは毎日、代わる代わる違う女性を屋敷に連れ帰り泊まらせる事を繰り返す。だがそれでも彼女はユーリウスには見向きもしなかった。

『ユーリウス様、奥様の本性を暴いてさしあげますわ』

 そんな中、少し前にフラヴィがある提案を持ちかけてきた。なんでもドニエ家にエレノラを招き化けの皮を暴くという。
 いつもならくだらないと一蹴する所だが、あの飄々とした娘の本性に興味があり容認した。

 お茶会の招待状を送るとエレノラは、夫の愛人からの招待だというのに難色を示す事なく応じた。何を考えているのかがまるで分からない。普通ならば適当な理由をつけて断るか、あからさまに嫌がる筈だ。
 
 そしてお茶会当日ーー
 その日はユーリアスは仕事は休みで、ドニエ家の屋敷にいた。
 暫くしてユーリウスの愛人である女性達が中庭へと集まり、最後にエレノラがやってきた。
 夜会では少しマシになっていたが、また芋っぽく戻っている。

 ユーリウスは気付かれないように木の陰に身を隠しお茶会の様子を窺う。ユーリウスがいる事を知っているのはフラヴィだけだ。

 エレノラが席に着くと、女性達は口々に彼女を非難する。
 だが彼女は全く意に介す事はなくーー

『それなら何故、どなたもユーリアス様の結婚相手に名乗りを上げなかったのですか?』

 淡々とそう聞き返していた。
 その瞬間、誰もが口を閉ざす。
 昔、幼馴染であるフラヴィから、結婚を拒絶された時から分かっていた。
 本当は誰も私など愛していないのだと。
 自分は誰からも愛される資格もない人間だ。
 本当はもっとずっと昔から知っていた。
 誰も私を愛していないとーー母が言っていたから。

『貴女のような愚鈍な方には理解出来ないと思いますが、ユーリウス様のようなお方を、誰か一人が独占するなんて罪深き事です! ですから私達はユーリアス様を皆様でお支えしているんです』

 そんな中、フラヴィだけが口を開いた。
 だがその内容は、ユーリウスの期待した言葉ではなかった。

『それって、愛なんですか?』

 エレノラの言葉が胸に突き刺さる。
 彼女の事だ、深い意味などある筈がない。恐らく単純に疑問に思って質問しているのだろう。そう思うが無性に苛立ちを覚えた。

『……愛、ですわ』

 ポツリと呟いたフラヴィの声に、また女性達は黙り込む。それが酷く虚しく感じた。

 気不味い空気の中、皆一様に誤魔化すようにお茶を飲んだり焼き菓子を食べ始める。
 無論エレノラも同様にお茶を飲もうとするが、目を見張り持ち上げたカップをテーブルの上に戻した。
 すると女性達はクスクスと笑う。
 ここからは確認出来ないが、彼女や周りの様子から察するに恐らくお茶に何か入れられていたのだろう。所謂、嫌がらせだ。しょうもない。
 普通の令嬢なら俯いてやり過ごすか、耐え切れなければ席を立つだろう。
 あの図太い芋娘は一体どうするのだろうか。流石にショックは受けている筈だ。


『ミル』

 
 そんな中で彼女が口を開いた。
 すると肩と髪の間からモゾモゾと何かが姿を現す。
 そしてエレノラはスプーンでカップの中から何かを掬い上げるとーー

『はい、ミル、おやつよ。あ〜んして?』

シュウ!

 どうやら、お茶の中には虫が入れられていたらしい。だがそれをあのペットのネズミに与えている……。
 その光景に悲鳴が上がる。
 当然だ。あり得ない……。
 ユーリアスはまさかの展開に唖然とした。

『美味しい?』

シュウ〜!

『あの、お代わりはありますか?』

『い、嫌〜‼︎』

 その瞬間、皆一斉に席を立つと逃げるように去って行く。

シュウ……

『ミル、ごめんね、お代わりはないみたい。お腹空いちゃったわね。私達も帰りましょう』

 この状況で、お代わりを要求するなど一体どんな神経を持っているんだ……。

『ご馳走様でした』

 何事もなかったかのように立ち去るエレノラを見て恐怖すら覚えた。
 

「とんでもない女性だ……」

 一体何者かは知らないが、普通ではない事は確かだ。
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