有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜
十七話〜ミルのおやつ〜
「はい、義姉さん、あげる」
部屋に入ってくるなり小さな麻袋を渡されたので、取り敢えずお礼を言って受け取った。一体何が入っているのかと中を覗くとーー
「こんなに沢山入っている!」
エレノラは思わず歓喜の声を上げる。
中にはミルワームを乾燥させたものが沢山詰められていた。
因みにミルワームとはゴミムシダマシと呼ばれる甲虫の幼虫でミルの大好物だ。
「ミル、おいで。ロベルト様がオヤツを持ってきてくれたわよ」
シュウ?
窓辺で日向ぼっこをしていたミルを呼ぶと、皮膜を広げ飛んできてエレノラの足にしがみついた。そしてそのまま身体をよじ登り腕を伝い手元までやって来る。
シュウ? シュウ‼︎
口の開いた麻袋に手を掛け不思議そうに中を覗き込むと、同じく歓喜の声を上げた。
「あはは、凄いね〜! やっぱり噂は本当なんだ」
「また噂ですか?」
何個かミルワームを取り出し待ち侘びているミルに与えると幸せそうに頬張り出す。
「この前、フラヴィ主催のお茶会に出席しただろう?」
「はい、しましたが……」
確かに数日前にドニエ家でのお茶会に行ったが、結局よく分からないまま終了してしまった。
牽制のつもりだったのかも知れないが、そんな事をした所で無意味としか思えない。何故ならエレノラがユーリウスの妻である事実は変わらないし、例え離縁したとしても彼女達がユーリウスと結婚する訳でもないのだ。
「その時に、義姉さんが美味しそうに虫を食べていたって噂になっているんだよ」
「はい⁉︎」
余程可笑しいらしく、ロベルトは我慢出来ずに吹き出す。更にそのままお腹を抱えて笑い出した。
噂には尾ひれ背びれは付きものとは言えど、流石に語弊が過ぎる。これは悪意しか感じない。
「まあ、僕もまさか義姉さんが本当に虫を食べていたなんて信じた訳じゃないよ? でもあの義姉さんだから、一応真相を確かめようかなって思ってさ」
わざわざ虫を用意している事からして、疑っていた事が窺える。
「といいますか、どこが事実なんですか⁉︎ 流石に私でも虫は食べません!」
「ごめんごめん、冗談だよ。どうせお茶に虫が入れられていて、それを今みたいにミルに食べさせたんだろう? 女性のお茶会では良くある話だね」
「まあ、そうですけど」
揶揄われたと分かり、エレノラは不満気に口を尖らせた。
それにしても、貴族は噂話が本当に好きで嫌になる。これまで社交界とは縁遠い生活をしてきたのでどうにも慣れない。
しかもお茶会でお茶に虫を入れられる事が良くある話とは凄い世界だ。
「あれ、それって地図だよね? どこか旅行にでも行くの?」
目敏く机の上の地図を見つけたロベルトは勝手に覗き込んでくる。
「近くで薬草を収穫出来そうな場所を探していたんです」
「薬草なんてなにするの?」
「販売するんです」
品位維持費の使い道を色々と悩んだが、やはり失敗はしたくないのでそれなりに知識のある薬草の販売をする事にした。
因みに物件はまだ検討中ではあるが、購入ではなく賃借にしようと考えている。もし軌道に乗ったら何れは購入したい気持ちはあるが、今の所夢のまた夢の話だ。
「え、まさか義姉さんが自分で採りに行くつもりじゃないよね?」
「勿論、自分で行くに決まってるじゃないですか」
人など雇ったら人件費が嵩んで利益が減ってしまう。そんな勿体無い事は絶対に出来ない!
「いやいや、冗談だよね⁉︎ 義姉さん、自分の立場分かってる⁉︎ 将来の公爵夫人だよ⁉︎ 泥に塗れながら野山で薬草を採るとか頭沸いてるとかしか思えないよ!」
結構失礼な事を言われ笑顔が引き攣るが、ロベルトの言っている事も確かに一理ある。
「そんな事言われましても、人を雇う余裕なんてありませんから」
「絶対にダメ! あり得ない! 何かあったらどうするんだよ! 兎に角、ダメだからね⁉︎」
珍しく真剣な面持ちなロベルトは目尻を吊り上げる。そしてお決まりの如く夕方になると帰って行った。恐らくデートに向かったと思われる。
「あんなに頭ごなしに言わなくてもいいのに。いくらなんでも心配し過ぎよ。私はもう子供じゃないんだから。ねぇ、ミルもそう思うでしょう?」
シュウ!
「ふふ、そうでしょう?」
エレノラは改めて地図を眺めると、めぼしい場所にペンで印を付けた。