有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜
十九話〜薬草採取〜
シュウ〜シュウ〜‼︎
山道に入ると当たり前だが周囲は見渡す限り森が広がっていた。
エレノラの少し後ろから、木から木へと飛び移りミルが付いてきている。
普段は飛ぶ事が少ないので、生き生きとして楽しそうだ。エレノラも久々とあって、薬草採取に精が出る。
嫁いでからずっと屋敷に篭りっきりの生活だったので少し身体が鈍っていて運動にもなるし気分転換にもなって一石二鳥、いや一石三鳥とお得だ。
「下調べのつもりだったけど、癖でつい採り過ぎちゃった」
たっぷりと入った麻袋を持ち上げるとマジマジと見る。
これだけあれば、それなりの量の薬を作れそうだとエレノラはご満悦だ。
「さてと、流石にそろそろ戻らないと日が暮れちゃうわ。ミル、帰りましょう」
シュウ〜
近くの木の上にいたミルは声を掛けると飛膜を広げエレノラの肩の上まで飛んできた。
「そういえば折角パンを買ったのに、お昼食べそびれちゃった」
シュウ?
「ミルはお腹空いた?」
シュウ〜
ミルは首をブンブンと横にふりお腹を叩く。
どうやらその辺りの虫を捕まえて食べていたらしく満腹のようだ。
「お行儀は悪いけど、食べちゃおうかな」
これでも生家にいた頃は、礼儀作法に関して弟達に確りと教え口煩く注意もしていた。なので普段なら食べ歩きなど絶対にしない。だが、どうせこんな山の中、誰もいないのだから構わないだろう。
そんな風に思い鞄からパンを取り出した時だった。
グゥ……
「あらミル、お腹は空いていないんじゃなかったの?」
シュ、シュウ……
お腹が鳴った音がしてミルを見るが、ミルは首をブンブンと振る。そして何故か震えていた。
「どうしたの?」
シュウ‼︎ シュウ‼︎ シュウぅ〜‼︎
突然大きな声を上げ必死に身体全体をバタつかせ、まるで何かを訴えているように見える。
「ど、どうしたの? 何がーーっ‼︎‼︎‼︎」
その必死さに振り返って見ると、そこには灰褐色の毛並みと金眼の生き物がおり、こちらを凝視していた。
お腹の音だと思ったのは、まさかの狼の唸り声だった。
「お、狼っ……⁉︎」
驚き過ぎて思わず叫びそうになるが、口元を押さえた。
(れ、冷静に……確か、目を合わせないで、背を向けずに、えっと、後は……)
これまで薬草採取に行っても狼には遭遇した事はなかった。一応遭遇した時の対処法を学んでおいたが、動揺してよく思い出せない。
ジリジリと距離を詰めてくる狼に足が竦み、息を呑む。
(このままじゃ、噛み殺される……っ)
恐怖から無意識に後退した時、小枝を踏んでしまい静寂の所為かやたらと音が響いた。そしてその瞬間、その音に反応した狼が地面を勢いよく蹴り上げた。
シュウー‼︎‼︎‼︎
「ミル⁉︎」
向かってくる狼目掛けてミルが飛び掛かる。
反射的に手を伸ばすが間に合わずミルはそのまま……張り付いた。
キャンッキャンッ‼︎
一体何が起きたのか分からない。
突如現れた人影が視界を遮り狼へ短剣を振り上げる。
顔面を数回斬り付けると、狼は甲高い声を上げ走り去っていった。
「ミルっ‼︎」
頭からスッポリとマントで身を隠した人影の後頭部にミルが張り付いている。
暫し呆気に取られていたが、我に返り慌てて駆け寄った。
「ミル、大丈夫⁉︎ 怪我はしていない?」
シュウ〜
手を伸ばすと飛び移りエレノラの胸元に張り付いた。
「あの、危ない所を助けて頂きありがとうございました」
マントの人物にお礼を述べるが、何故か黙り込んだままだ。微動だにせずにこちらを凝視している。
(この人、確か馬車で隣に座っていた人よね?)
先程は混乱していて気付かなかったが、よく見れば相乗り馬車でエレノラをやたらと見てきた怪しげな人物だった。
マントの留め具がやたらと高価そうだったので間違いない。
グゥ……
「あ……」
安心したらお腹が空いていた事を思い出して、お腹が鳴ってしまった。
「パンがない⁉︎」
そして手にしていた筈のパンがない事に今更ながらに気が付いた。
辺りを見渡すと、少し離れた場所に落ちているのを発見し慌てて拾い上げて軽く土を払う。
「まあ、大丈夫よね。え……」
毒味がてら齧ろうとすると、手の中からパンが消えた。
「君は馬鹿なのか⁉︎」
「え……」
マントの人物にパンを取り上げられ、更には怒られた。
しかもその衝動で、フード剥がれ落ち顔が露わになる。
「ユーリウス様⁉︎」
驚いた事に、怪しげなマントの人物はユーリウスだった。