有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜
二十一話〜尾行 二〜
ようやく姿を見つけたかと思えば、エレノラは町を出て野道を歩いて行った。
こんな田舎になんの用があるのかと疑問に感じたが、どうやらあの近くに見えている山を目指しているらしい。
途中地図を広げて確認をしていた事から、明白な目的があると思われる。
(それにしても、全く違和感がないな)
野道を歩く姿は呆れる程に調和していた。本気で貴族令嬢なのかと疑いたくなるくらいだ。
(だが幾ら何でも、警戒心がなさ過ぎるだろう)
そんな中、突如、鞄から手袋と麻袋を取り出したかと思えば、道端に蹲み込み雑草を摘むという奇行に走る。
今歩いている野道は実は余り木々など身を隠せる物がなく、この際見つかるならそれで構わないとすら開き直っていた。だがあの芋娘は、雑草駆除に夢中で全く振り返らない。
内心安堵しながらも、警戒心のなさに呆れた。
(これが私でなく人攫いとかならどうするつもりなんだ、全く……)
この部分に関しては世間知らずの貴族の娘といった所か、世話が焼ける。
エレノラは駆除した雑草を手にしながら、迷う事なくや山道へと入って行った。
(ネズミが飛ぶなど、新種か?)
芋娘の連れているネズミが、木と木の間を生き生きと飛び交っている。しかも意外と上手い。
これまで動物になど興味はなかったが、少し興味が湧く。
そんなつまらない事を考えていると、思いもよらぬ出来事に遭遇した。いや、山の中なのだから、起こるべくして起きたと言ってもいい。
灰色の毛並みと金眼の獣、狼が現れたのだ。
ただ不幸中の幸いか狼は一匹だった。
例のネズミは狼に気付き鳴くが、あの芋娘は未だ気付いていない様子だ。
(どれだけ鈍いんだ⁉︎ 馬鹿なのか⁉︎)
エレノラまで少し距離がある。ユーリウスは焦りを感じながら、ゆっくりと距離を詰めていく。大きな物音を立てれば、狼を刺激する可能性がある。
「お、狼っ……⁉︎」
ようやく狼の存在に気付いたエレノラが息を呑むように、小さな声を上げた。
恐怖からか身をすくめている。
流石の能天気な芋娘も狼は恐ろしいようだ。
そんな時、後退したエレノラが小枝を踏む音が辺りに響いた。そしてその瞬間、その音に反応した狼が地面を勢いよく蹴り上げた。それと同時にユーリウスも地面を蹴り上げ、護身用の短剣を取り出す。
シュウー‼︎‼︎‼︎
「ミル⁉︎」
俊敏な動きでエレノラの前に滑り込み、その勢いのまま狼の顔面目掛け短剣を振り下ろした。
キャンッキャンッ‼︎
顔面を数回斬り付けると狼は怯んだ様子で後退をし、そして踵を返した。
狼が甲高い声を上げ走り去る後ろ姿に内心安堵した。
「ミルっ‼︎」
エレノラの声に我に返ると同時に、後頭部に重みを感じる。
恐らく狼と対峙した時に視界の端に見えた例のネズミだろう。
普段なら苛つきながら引き剥がしている所だが、馬鹿馬鹿しくてそんな気も起きない。
そうしている内に、エレノラが慌てて駆け寄ってきた。
「ミル、大丈夫⁉︎ 怪我はしていない?」
シュウ〜
その声に後頭部が軽くなった。
ネズミは芋娘へ戻ったようだ。
「あの、危ない所を助けて頂きありがとうございました」
緊急事態故に助けたのはいいが、後の事は考えていなかった。
振り返り一応無事な様子を確認する。
特に怪我などはしていないようだ、まあ興味ないが。
ただこの後、どうすれば良いのか分からない。
グゥ……
「あ……」
ユーリウスが立ち尽くしていると、不意にエレノラのお腹が鳴る音がした。
「パンがない⁉︎」
そして町で購入していたパンがないと騒ぎ出す。
たかがパン一つで取り乱す様子に呆れていると、またもや奇行に走る。
少し離れた場所に落ちているパンを慌てて拾い上げて軽く土を払い……。
(まさか、あり得ない)
事もあろうに地面に落ちたパンを齧ろうとしていた。
目の前に広がる光景が信じられない。
「まあ、大丈夫よね。え……」
一応書類上だけとはいえ自分の妻が、拾い食いをしようとしている。そんな事が許されるのか? いや許される筈がない!
(この私、ユーリウス・ブロンダンの妻だぞ⁉︎)
少し語弊はあるが、今はそんな事はどうでもいい。
「君は馬鹿なのか⁉︎」
「え……」
エレノラの手から慌ててパンを取り上げると声を荒げた。
その衝動でフードは剥がれ落ち顔が露わになってしまう。
「ユーリウス様⁉︎」
マントの人物がユーリウスと分かったエレノラは目を丸した。