有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜
二十三話〜娼館〜
「ユーリウス様、どちらへ行かれるんですか⁉︎」
再び腕を掴まれ引き摺られるようにして連れて行かれながら、一体何処へ向かっているのかと恐怖を覚える。
「良いから、黙って歩け」
「あの、でも、実は馭者の方を待たせていまして」
「待たせておけ」
傲慢な人なので言うと思った。
どうにか逃げようとするも失敗に終わる。
そしてエレノラは心の中で、ずっと待ち惚けしているだろう馭者へ謝った。
「ここは一体……」
大通りを外れ路地に入り暫く歩いて行くと、人通りが少なく異質な雰囲気の空間に出た。分かるのは、明らかに普通の場所ではないという事だ。
そしてユーリウスは、とある建物の前で足を止めた。昼間街中で目にしたどの建物よりも豪華な造りに目を見張る。
「見て分からないのか、娼館だ」
「娼館ですか⁉︎」
さらりととんでもない発言をするユーリウスに唖然としてしまう。
当然のように言われても、普通に分かる筈がない。
「まさか知らないのか」
「どんなお店かくらいは知っています‼︎」
反論するが、ユーリウスからは訝しげな眼差しを向けられる。
「男性が女性を買う破廉恥なお店です!」
要は男女がまぐわう為の店という事だ。
エレノラは胸を張って答えるが、実は正直、余り詳しくは分かっていなかったりする。
ただ噂で聞いた話では、とてつもなく恥ずかしい事をするらしい。
抱き合って、キスをして身体を触り合ったり……想像しただけで恥ずかし過ぎる。
だが今は恥じらっている場合ではない!
まさかこの男、私を娼館に売り飛ばすつもりじゃ……と焦る。
「破廉恥か、フッ」
鼻で笑われ羞恥心が湧き起こる。
やはり彼はクズだと改めて思い知った。
命を狙われているかも知れないと怪しんでいたが、まさか妻を娼館に売ろうとしているとは思わなかった。クズの極みだ……。
ここは冷静に慎重に対応しなくてはならない。
猛獣とクズは刺激してはダメだと聞いた事がある。いや、猛獣と変態だった気もするが、然程変わらないだろう。彼の場合、どちらにも該当するので問題はない。
「あの、それで何故ここに……」
「若い頃、たまに使っていた」
「若い頃とは」
彼はまだ二十四歳だ。そんな彼がいうのだから十代後半くらいだろうか。流石にそれ以前だと不味い気がする。
というかそんな事は聞いていないし、興味がないのだが……。
「ユーリウス様が初めてお越しになられたのはまだ十五歳の頃でしたね」
いつの間にか初老の女性が目の前に立っており、和かに話し掛けてきた。
「ご無沙汰しております、ユーリウス様」
「久しいな、カリナ。君は相変わらず華がある」
「あらまあ、こんな年寄りにまでお世辞を頂けるなんて、ユーリウス様も変わらずの紳士ぶりですね」
会話から察するに、どうやら久々の再会らしいので水を差すのは無粋だろうと、取り敢えず大人しく話が終わるのを待つ事にする。
改めて初老の女性を見ると、緑の瞳と真っ白な髪がとても印象深い。綺麗に束ねられた長い髪は、白髪ではあるが目を奪われる程に美しかった。
(それにしても、十五歳って……)
エレノラの1番目の弟は今十四歳なのだが、後一年しないで十五歳になる。
後、一年後には弟もこんな場所に来たいと思うのだろうか……。
(いやいや、そんな事、姉として絶対に許しません! 破廉恥だわ! それに弟には十年早い!)
弟がこんなユーリウスと一緒だと思いたくない! とエレノラは脳内で悶絶した。
「それで本日は如何なさいましたか? ご利用なさるのではないようですが」
カリナからの視線でエレノラは我に返った。
彼女の反応から察するに、娼館に女性同伴などあり得ないのだろう。
要するに、もはや売り飛ばされる事が確定したようなものだ……。
「これを預ける」
ユーリウスのその言葉で、疑念が確信に変わった。
そして、これと称したエレノラをユーリウスはカリナへと引き渡した。